ファクトチェック

福島県、東電に津波対応催促していた

                            添田孝史・木野龍逸(共同執筆)

 

事故3年前、福島県は東電に津波想定を催促していた

東京電力福島第一原発事故の3年前、福島県が東電に対して、津波の想定見直しを2回にわたって要請していたことが、福島県の開示文書や、東電の社内文書からわかった。事故前に、県が東電に津波のことを問いただしていたことがわかったのは初めて。県の要請にもかかわらず、東電は「注目されている、出せない」と想定見直しを引き延ばし、対策着手を遅らせ、事故につながったことがわかる。
(東電の回答文書が見つかったので、文末に補足を追加しました。2019年8月30日)
(福島県が開示文書を追加したので、文末に補足を追加しました。2019年9月7日)

 

「福島県沖、過小評価ではないか」2008年5月

福島県が開示した文書は、「福島第一及び福島第二原子力発電所耐震安全性再評価中間報告に関する質問」(2008年5月26日)(写真1)。木野龍逸(Level7)の開示請求に応じて、福島県が開示した[1]

写真1「福島第一及び福島第二原子力発電所耐震安全性再評価中間報告に関する質問」

文書は、同年3月に東電が原子力安全・保安院に提出した福島第一5号機と福島第二4号機の耐震バックチェック中間報告[2]について、福島県が質問をまとめたもの。活断層評価や耐震設計の余裕に関してなど全部で26項目あり、9番目に以下の質問が挙げられていた。

 地震調査研究推進本部は、「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」の領域においてM8クラスのプレート間地震を想定している[3]。また、1677年には、磐城・常陸・安房・上総・下総の地震のようにM8.0の地震が発生している。福島県沖のプレート間地震でM7.9という想定は過小評価ではないか。

質問をまとめた小山吉弘・県原子力安全対策課主幹(当時)によると、プレート間地震が引き起こす津波を念頭においた質問だったと言う[4]

地震本部が想定したM8クラスのプレート間地震(津波地震)は、東電の計算によると福島第一に15.7mの津波をもたらすことが、2008年3月にはすでにわかっていた。当時、福島第一は5.7mの津波[5]までしか対応できておらず、東電社内で対応策の検討を進めていた最中だった。

ただし、この時の福島県の質問に、東電がどう回答したか、記録が残っていない。

(東電の回答文書が見つかったので、文末に補足を追加しました。2019年8月30日)

2008年5月26日には、福島県の他、原子力発電所の立地自治体などが参加する平成20年度第2回福島県原子力発電所安全確保技術連絡会が開かれ、ここで東電が質問に対する回答を説明したか、あるいは回答資料を示したとみられている。「おそらく東電は回答を文書にしていたと思うが、内容は記憶にない」と小山氏[6]

福島県が開示した第2回連絡会の議事録[7]は、26問の質問のうち7問目までの回答は記録されているが、そこで途切れており、その後の回答は不明だ。県原子力安全対策課は「なぜこのような形で記録が中途半端に終わっているか理由はわからない」と説明している。

2008年12月も要望 東電「注目されている、出せない」

福島県は、約半年後の2008年12月にも東電に対し、津波を含む耐震想定の見直しを急ぐよう、要望していた。小山氏へのインタビューと東電の内部文書から明らかになった[8]

東電は、前述した同年3月に提出した福島第一5号機の報告書に続いて、その後、残りの福島第一1〜4、6号機の結果も、提出する作業を進めていた。当初は、2009年6月までに、津波評価を含むすべての結果を報告するとしていた[9]

ところが、2008年12月に、東電はこの報告期限を延長することを決め、福島県に報告した[10]。前年の2007年7月に発生した新潟県中越沖地震で、柏崎刈羽原発が想定を超える揺れに襲われたことを耐震バックチェックに反映するという名目だった。

報告延期を福島県庁に伝えにきた東電社員に対し、小山氏は、「中越沖地震と関係ない部分は、すでに報告書はまとまっているのではないか」「津波、周辺斜面の安定性など、中越沖に関わらない部分は出せるのではないか」と申し入れたという。

福島県からのこの要望は、勝俣恒久・東電会長らが出席して2009年2月11日に開かれた「中越沖地震対応打合せ(通称・御前会議)」の資料にも以下のように明記されていた(写真2)。

写真2

 中間報告にあたり、福島県から下記の要望
最終報告が遅れる理由(床の柔性)の影響を受けない事項は、出来る限り提示してほしい

福島県の要望に対し、東電の最大報告可能範囲として、周辺斜面の安定性、津波など4項目を挙げていた。津波の報告は、福島県の要望に応じて、最終報告の前に出すことが可能だったのだ。

注目されるのは、資料の次のコマだ。会議の議事メモを作成していた東電社員が、津波の項目の横に「問題あり だせない(注目されている)」と鉛筆で書き込んでいた(写真3)。

写真3

東電社員は「山下(和彦・新潟県中越沖地震対策)センター長がこの資料を説明しているときに、自分が鉛筆でメモしたのだと思います」と検察の調べに対して供述している[11]

「この記載の意味は何ですか」という検察官の問いに、社員は「資料についても、センター長の説明も記憶にない。津波の何が問題なのか、どこに出せないのか、また、誰に津波を注目されているのか、意味は全くわからない」と述べている。

しかし、2008年5月に福島県が地震本部の津波地震を指摘、さらに12月にも報告を要請した経緯から考えると、東電が「注目している」とした主体は福島県だった可能性が高いように思われる。

考えられるのは、次のような経緯だろう。

5月の段階で、東電はあらかじめ作成されていたQA集に則って「地震本部の津波地震も考慮する」と福島県に返答。その後の方針転換(7月)で先延ばしが決まり、考慮しないことになった。それを福島県に伝えることは「問題あり、出せない」と見ていたのではないだろうか。

福島県「設置許可との齟齬、気にかかっていた」

小山氏は、福島第一原発における津波対策が十分検討されているのか、2002年から気にかかっていたという。

同年1〜2月ごろ、東電は津波想定の見直し結果を、福島県に報告した[12]。設置許可(1966年)では3.1mの津波しか想定していないのに、この時5.7mに引き上げられ、国の設置許可と齟齬が生じていた。これがきっかけだ。

2007年10月には、福島県が県全域を対象に津波シミュレーションをして、津波高さ、浸水範囲などを公表した[13]。この結果でも福島第一周辺の津波は8mを超えることが判明していた[14]

また、福島第二(設置許可1974年)の海水ポンプが建屋で守られているのに、福島第一は4m盤の敷地でむき出し状態。新旧の原発で、津波防護に差があることも引っかかっていたという。

3.1mによる設置許可がすっかり時代遅れになっていたにもかかわらず、それ以上の想定は東電による自主保安にまかされたままで[15]、国のチェックを受けていないことを解消しなければならないと、小山氏は考えていたという。

「ただし、県の立場としてできることは限られていました」と小山氏。また、事故前は、耐震バックチェックでは活断層の評価に注目が集まっていたことや、津波の問題は引き波により取水が難しくなることに関心が集まっていたことから、高い津波への対応は後回しにされてしまったという。

こうした事実は、2002年以降、事故に至るまで9年以上も東電の津波想定が妥当なのかどうか、自主保安まかせでチェックしなかった国の責任も浮き彫りにしている。

補足 2019年8月30日

「福島第一及び福島第二原子力発電所耐震安全性再評価中間報告に関する質問」(2008年5月26日)に対して、東電が作成していた回答文書があることを、この記事を読んだ読者からメールでお知らせいただきました。
ありがとうございます。

福島第一・第二原子力発電所における耐震安全性について 平成20年5月26日 東京電力株式会社

リンク先は、2010年7月14日に開かれた平成22年度第2回福島県原子力発電所安全確保技術連絡会の資料です。福島県原子力安全対策課は、同じ資料が、2008年5月26日の平成20年度第2回福島県原子力発電所安全確保技術連絡会でも提出されていることが確認できると話しています。この会の資料として綴じ込んであるそうです。耐震バックチェック中間報告に関する文書の開示請求に対し、なぜ福島県がこの文書を開示しなかったかについて、明確な説明は現在のところありません。

東電作成の回答文書で、福島県の「福島沖のプレート間地震でM7.9という想定は過小評価ではないか」という質問に対し、「福島県沖において不確かさを考慮して仮想塩屋崎沖の地震(M7.9)を想定して基準地震動を策定している」と答え、質問内容をはぐらかしています。

補足その2 2019年9月7日

「福島県から東京電力へ、バックチェック中間報告について要望した内容に関する文書」という請求(2018年11月9日付)に対して、福島県は2018年12月21日付けの開示決定では、技術連絡会の議事メモだけを開示してきました。

30危管第3262号

その後、県が中間報告について質問し、それに東電が回答した文書が保存されていることがわかりました。開示決定の対象が不十分でないかと申し入れたところ、福島県が2019年9月4日付けで、質問した文書と、東電の回答文書を送ってきました。

 

 

[1] Level7「【福島県】耐震バックチェック中間報告の説明に関するやりとり」2019年7月13日

[2] 東京電力のプレスリリース
「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の改訂に伴う福島第一原子力発電所および福島第二原子力発電所の耐震安全性評価(中間報告)について 2008年3月31日
http://www.tepco.co.jp/cc/press/08033102-j.html

[3] 地震調査研究推進本部「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」2002年7月31日
https://www.jishin.go.jp/main/chousa/kaikou_pdf/sanriku_boso.pdf

[4] 2019年7月8日、福島市でインタビュー

[5] 東京電力株式会社 福島第一原子力発電所 福島第二原子力発電所
津波の検討−土木学会「原子力発電所の津波評価技術」に関わる検討 2002年3月
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9483636/www.nsr.go.jp/archive/nisa/disclosure/kaijiseikyu/files/41-1.pdf

[6] 東電が2008年3月に作成した社内文書(福島第一/第二原子力発電所「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の改訂に伴う耐震安全性評価(中間報告)QA集 Rev9-1、東電株主代表訴訟 丙第88号証)では、以下のような質疑が用意されていた。同年7月に、武藤栄元副社長が津波対策の先送りを決定するまでは、この想定問答に沿った回答がなされたと思われる。

p.27 【7】津波関連
生活環境部長対応
Q7-1:津波に対する安全性評価は今回のバックチェック中間報告に入っていないのか?
A7-1:地震随伴事象(津波評価、基礎地盤及び周辺斜面の安定性)については、現在解析・評価を行なっているところであり、最終報告において結果を示す予定。なお、津波評価にあたっては、「原子力発電所の津波評価技術(H14年、土木学会)」以降に地震調査研究推進本部等から発表された最新の知見を踏まえ、「不確かさ」の考慮として発電所の安全性評価にあたって考慮する計画

【津波評価全般】
SQ7-1-1:津波の評価はいつ実施するのか?
SA7-1-1:今回検討した地震に対して、指針で定める地震随伴事象の観点から検討を行いバックチェック最終報告で報告する。

SQ7-1-2:検討結果が出た段階で公表すべきではないか?

SA7-1-2:バックチェックとしては最終報告となるが、結果がとりまとまった段階で公表する。

SQ7-1-3:福島前面の地震評価が今回変更されているが、津波評価に反映するのか?

SA7-1-3:津波の評価については、地震の評価の変更を反映して今後評価を行う。

SQ7-1-4:津波に対する評価が終了するまでは発電所を止めるべきではないか?

SA7-1-4:現在の津波評価については、「原子力発電所の津波評価技術」(平成14年・土木学会)に基づき、過去最大の津波はもとより発生の可能性が否定できないより大きな津波を想定していることから、津波に対する発電所の安全性は十分確保されているものと考えている。新たな知見に基づき、さらに評価を進め、必要に応じて対策を講じる所存。

SQ7-1-5:津波に対する安全性については確認されていないのではないか?

SA7-1-5:今回の報告はバックチェックの中間報告であり、最終報告までに検討を行う。

【新知見全般】

SQ7-1-6:推本、中防、自治体等の知見は反映するのか?

SA7-1-6:平成14年に土木学会が発表した手法で安全性確認を行なっている。今回のバックチェックでは、その後の知見を反映する。

【推本】

SQ7-1-7:地震調査研究推進本部が発表した知見とは何か?

SA7-1-7:過去に三陸沖や房総半島沖の日本海溝沿いで発生したような津波(マグニチュード8以上のものは)は、福島県沖では発生していないが、地震調査研究推進本部は、同様の津波が福島県沖や茨城県沖でも発生するというもの。この知見を今回の安全性評価において、「不確かさの考慮」という位置付けで考慮する計画。

SQ7-1-8:津波高さは大きくなるのか?

SA7-1-8:現在、解析・評価中であり、結果は最終報告で示す。

(中略)

【対策】

SQ7-1-15:津波に対する評価の結果、施設への影響が無視できない場合どのような対策が考えられるか。

SA7-1-15:非常用海水ポンプ電動機が冠水し、故障することを想定した電動機予備品準備、水密化した電動機の開発、建屋の水密化等が考えられる。

 

[7] 福島県原子力発電所安全確保技術連絡会 議事録
https://level7online.jp/2019/3262/

[8] 東京電力の会議資料「福島サイト耐震安全性評価に関する状況」原子力設備管理部新潟県中越沖地震対策センター 2009年2月11日 東電株主代表訴訟 甲第352号証 資料2

[9] 東京電力のプレスリリース
「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の改訂を踏まえた耐震安全性評価実施計画書の提出について 2006年10月18日
http://www.tepco.co.jp/cc/press/06101801-j.html

[10] 東京電力のプレスリリース
「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の改訂に伴う福島第一原子力発電所および福島第二原子力発電所の耐震安全性評価の延期について 2008年12月8日http://www.tepco.co.jp/cc/press/08120806-j.html

[11] 東電社員・原田友和氏の検察供述調書 東電株主代表訴訟 甲352号証

[12] 注5の報告書と同じ内容を福島県に説明したと思われる。

[13] 福島県「平成18年度 福島県津波浸水想定区域図等調査 報告書(概要版)」2007年7月

[14] 福島県の評価(2007年)では、原発敷地付近の津波高さは8m程度になっていた。「県の津波評価は、防波堤等の海岸構造物等が考慮されていないことから敷地付近の水位が高く、防波堤を忠実にモデル化すると、安全上問題ないことを確認した」と東電は2008年3月に作成した想定QA集(注5にあげたもの、東電株主代表訴訟 丙第88号証)で説明している。

[15] 東電は、5.7mの津波想定について「土木学会で最新知見を反映して評価したもの」と説明していた。しかし、土木学会は福島沖の津波については詳細な検討をしていなかったことを、今村文彦・東北大教授が東京高裁で証言している。
Level7「「土木学会で安全確認」実は検討してなかった」2018年12月18日

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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