新型コロナウイルス

「永寿総合病院の謎」 ――東京・下町の中核病院で今、何が起きているのか――

ルポライター・明石昇二郎

すでに「医療崩壊」が起きている現場

東京・台東区にある永寿総合病院で新型コロナウイルスによる院内感染が発生したとの第一報は、3月24日に報じられた。同病院に勤務する30代の女性看護師と、60代の女性入院患者の計2名が感染した、という。その前日の23日には70代の男性患者2名の感染が判明しており、そのうちの1名が24日に死亡していた。情報は錯綜し、その後、24日には3名の感染が判明していたことがわかる。

つまり、この2日間だけで5名の患者が発生し、1名はすでに亡くなってしまったというのだ。大規模な院内感染が発生している恐れは、この時点で容易に予想できた。

以下、NHK、朝日新聞、日本経済新聞等の報道で追える範囲の感染者数の推移を記してみる。

 

3/23 2名

3/24 5名(死亡1名)

3/25 16名(15名説も)

この時点で台東区保健所の山本光洋・生活衛生課長は、朝日新聞の取材に「全容がまったくわからない状態だ」と語っていた(3月26日付「朝日新聞デジタル」より)。

3/26 25名

3/27 40名(死亡2名)

これとは別に、患者1名の転院先である慶応大学病院で4名の感染も判明。

3/28 69名

3/29 96名(1日で27名の増加)

3/30 人数不掲載

ただし、この日は台東区立特別養護老人ホーム「谷中」で2名の感染が判明していた。このうちの1名が3月中旬に同病院に入院し、退院後、再び「谷中」に戻っていたことで、特養入居者の間に感染を広げていた。

3/31 107名(1日で11名の増加。死亡は7名に増加)

4/1 128名(1日で21名の増加)

これとは別に、慶応大学病院での感染が19名に増加。入院患者だけでなく、研修医にも感染が広がる。

4/2 人数不掲載

これとは別に、特養ホーム「谷中」での感染が8名に増加。

驚くべきことに、この時点まで永寿総合病院は記者会見に応じていないこともわかる(4月2日付「朝日新聞デジタル」より)。

4/3 141名(2日で13名の増加。死亡は9名に増加)

4/4 人数不掲載

ただし、死亡は12名に増加。

4/5 人数不掲載

 

4月3日以降、永寿総合病院における感染者総数はなぜか報道されなくなっていた。これ以上の感染拡大に至っていないことを祈るばかりだ。

4月6日までに東京都内で判明した感染者数は1116名。報道によれば、そのうち確認できただけでも147名が永寿総合病院での感染者である。さらには、ここに一時入院したり、ここから転院したりして院外に感染を広げたケースも複数確認され、その感染者数も33名に及んでいた。つまり、計180名が永寿総合病院由来の感染者であり、この時点での東京都の感染者総数の実に16%を占めている。

感染症専門家は、同一箇所で患者が多発することを「クラスター」(感染者集団)と呼んでいるが、なかでも一カ所で100名を超える感染者を発生させていた永寿総合病院のケースは「大規模クラスター」だった。

急増する新型コロナウイルス感染者が病院に担ぎ込まれ、同感染者以外の病気や怪我の患者が治療を受けられなくなったり、多くの軽症感染患者が入院して先にベッドを塞ぎ、重症感染患者の治療ができなくなったりする事態をマスメディアは「医療崩壊」と呼んでいる。こうした事態を避けるべく、国や自治体は「不要不急」の外出を控えるよう市民に呼びかけたり、軽症感染患者を退院させてホテル等へ移動させ、重症感染患者のためにベッドを空ける「ホテル療養所」策が導入されたりしているわけだが、まさに「医療崩壊」はこの永寿総合病院ですでに起こっていた。

ベッド数400床を誇り、東京・下町の中核病院でもある同病院では、3月25日から外来診療の受付を中止していた。同病院の惨状を伝える3月30日付「朝日新聞デジタル」の記事「大病院で院内感染『これ以上増えたら…』地元は危機感」によれば、

「区によると、ウイルスを外部に出さないように気圧を低くした『陰圧室』はすでに埋まり、防護服の着用や手すりの消毒などを進めているが、感染者とそれ以外の入院患者が隣り合った病室にいるケースもある」

https://digital.asahi.com/articles/ASN3Y6Q7DN3YUTIL00D.html

という。

 

感染は「一般病棟」から拡大していた

永寿総合病院のホームページでは「院内感染に配慮した設計」として、各病棟に陰圧の病室と陽圧の病室が用意されていることを紹介している。また、同病院には糖尿病、がん、呼吸器疾患といった重症化リスクの高い人が入院していることも、ホームページから窺い知ることができる。それでも、大規模な院内感染を防ぐことはできなかった。その理由は何なのか。残念なことに、これまでの報道でその謎を解き明かしたものはない。

しかし、ヒントになる報道はあった。4月2日付「朝日新聞デジタル」の記事「止まらぬ院内感染の連鎖 診察・転院介しコロナ拡散か」は、台東区役所を取材した結果として、「永寿総合病院では海外からの帰国者が診察を受けたこと」があるとする一方で、「厚生労働省のクラスター班からは、今年2月にクラスターが確認された屋形船の感染者と院内感染がつながっている可能性を伝えられた」と報じていた。

この2月の時点で永寿総合病院は、感染者への対処を誤ったのだろうか。たとえ感染者が来院していようと、そこで確実に感染拡大の芽をつぶしていれば、日本最大規模のクラスターにまで発展することはなかったのである。いくら院内感染対策の設備が整っていようと、それを有効に使えなければ〝宝の持ち腐れ〟にすぎないということを、永寿総合病院の「大規模院内感染」事件は私たちに突きつけていた。

そこで4月6日、東京都の感染症対策課に訊いた。4月3日以降、永寿総合病院における感染者総数が報道されなくなっていたことに加え、4月2日、4日、5日の新規感染者数を報じた記事が見当たらなかったからである。都のホームページにも載っていなかった。

すると、電話に出た担当者は、

「報道発表している以上の数字は出せない」

と、けんもほろろの応対。4月2日、4日、5日の新規感染者数も、さらには最新の感染者総数さえも教えてもらえなかった。

唯一、教えてもらえたのは、都のホームページ内にある「区市町村別患者数(都内発生分)」をまとめた資料の中に、4月4日時点の累計値として「永寿総合病院関連140を含む」との記述があることだけ(https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2020/04/05/documents/01_00.pdf)。実に人を食った対応である。

都に問い合わせをしたのは、まさに国の「緊急事態宣言」が発出されようとしていた前日のことだった。同宣言に対してすべての都民の積極的な協力を得るためにも、隠し事は禁物だろうと伝えると、

「ご意見として承る」

との返事。都民に仕えるべき公僕なのに、何様のつもりだろう。

一方、永寿総合病院がある地域を所管する台東区保健所を取材すると、同病院のホームページで日毎の感染者発生状況を公表していることを教えてくれる。保健所としては公表していないので、そちらを当たるよう言われる。

永寿総合病院では、台東区保健所から検査結果の連絡が届き次第、ホームページを更新し、判明した感染者数を公表していた。その値などをもとにまとめたのが次の表である。マスメディアに載っていた数字と、病院で発表している数字には、かなりの乖離が見られるが、理由は定かでない。

 

 

同病院の湯浅祐二院長は4月9日、同病院のホームページ上で院内の現状を報告した。

「入院されていた患者様のうち、20名の方 が感染後にお亡くなりになっております」

「多くの入院患者様に感染が拡がり、大きな苦痛を与えてしまっており、感染していない患者様にも退院できない状況が続くなど、多大なご迷惑をお掛けしております。慶應病院 での事例など、他施設への感染の波及も発生しており、これについても責任を痛感しております。また、私どもに課せられている地域医療の中核病院としての機能も果たせない状況であり、台東区の皆様をはじめ、多くの方々に大きな不安を与えてしまっております」

などと詫びた。

http://www.eijuhp.com/user/media/shingatakoronauirusunituite.pdf

その中で湯浅院長は、院内感染の発端についても言及。

「当院では2月の時点で、新型コロナウィ(ママ)ルス感染に関連した入院事例がありましたが、この事例については、今回のアウトブレイク(集団発生)以前に収束しています。今回の事例との関連はない可能性が強いと判断していますが、これについては検証を待ちたいと考えております」(カッコ内は筆者の補足)

としていた。2月の感染者治療が集団感染の原因ではないというのだ。とすれば、原因は別にあることになる。同病院関係者は語る。

「最初に見つかった感染者は、今年1月に都内で発生した屋形船での集団感染の関係者です。その関係者であることは、ご本人から聞いて初めてわかりました。はじめからわかっていれば、もちろん感染症病棟に入っていただくわけですが、風邪とは全く別の病気で入院されていたので、あわてて検査して感染がわかったんです。患者さんのご家族にも感染していました」

胸にストンと落ちる説明だった。

 アウトブレイクのきっかけをつくってしまった患者さんにしてみれば、たかが「風邪」のことを黙っていたことで、これだけの大騒ぎにまで発展しようとは、夢にも思わなかったことだろう。

医療崩壊は、保健所の検査で判明した感染者たちによって起こるだけでなく、自覚症状のない感染者たちや、交通事故や別の疾患で病院を訪れる感染者たち、そして感染の恐怖に駆られてさまざまな病院を訪ね歩き、たらい回しにされる感染者たちによっても、思わぬ形でもたらされる。

心当たりのある人は病院にかかる際、その旨をきちんと申告しなければならない――という至極当たり前のことが守られていれば、大規模院内感染を未然に防ぐことはできたのである。残念でならない。

 

【2020年4月13日執筆】

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明石昇二郎

1987年に青森県六ヶ所村の核燃料サイクル基地計画のルポでデビュー。『朝日ジャーナル』ほか複数の週刊誌や月刊誌などに様々なテーマで執筆。テレビでも活動し、1994年、日本テレビ「ニッポン紛争地図」で民放連賞を受賞。著書に『刑事告発 東京電力―ルポ福島原発事故』(金曜日)ほか。

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