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東電株主代表訴訟、結審

結審後に記者会見する原告ら=2021年11月30日、東京都千代田区
結審後に記者会見する原告ら=2021年11月30日、東京都千代田区

旧経営陣5人に22兆円の賠償求める

福島第一原発の事故を起こした当時の東京電力の会長、社長、原子力担当役員らの責任を問う株主代表訴訟(東京地裁、朝倉佳秀裁判長)が2021年11月30日、結審した。判決は2022年7月13日に言い渡される。業務上過失致死傷罪で強制起訴した刑事裁判の一審判決(東京地裁、2019年9月)は旧経営陣を無罪としたが、取締役として原発の安全を守る義務を果たしていたか追及される株主代表訴訟で、東京地裁がどう判断するのか注目される。

被告は、勝俣恒久元会長、清水正孝元社長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長、小森明生元常務の5人。株主たちは、彼らが事故を起こして会社に損害を与えたとして22兆円の賠償を求めている。提訴は2012年3月5日。今年に入って専門家の証人尋問や、裁判長らの現地視察もあり、9年9か月で62回の裁判が開かれた。

11月30日の裁判では、原告側、被告側がこれまでの総まとめとなる主張を法廷の壁面にパソコンの画面を投影して説明した。原告3人の陳述もあった。

原告側の最終準備書面は、5分冊で計約1200ページに及ぶ[1]。詳細な証拠がまとめられており、東電福島原発事故を解き明かす基礎資料としても、ずっと参照され続けるだろう。

 

東電弁護士の腰砕け主張

原告側は、2002年7月に政府の地震調査研究推進本部が発表した長期評価や、産業技術総合研究所が2008年に発表していた貞観地震(869年)の再来予測をもとにすれば福島第一原発の敷地(海抜10m)を超える津波は予見できたと説明。防潮堤のような時間のかかる対策にこだわらず、電源設備のある部屋の水密化などの簡単な対策から着手していれば事故は防げたとし、被告らに事故を防がなかった責任があると総括した。

一方の被告側は、東電側の弁護士と、被告個人の弁護士がそれぞれ反論した。

東電側の梅野晴一郎弁護士は
1)長期評価の信頼性は低い
2)貞観津波の予測は確定していなかった
3)水密化などの対策は、本件事故前に着想して実施することは期待できない
と主張した。

しかし、原告側の主張を崩せていないように見受けられた。

1)の長期評価の信頼性については、住民らが国や東電に損害賠償を求めている集団訴訟の高裁判決で、「相応の科学的信頼性がある」という判断が固まりつつある。それを崩せるような新味のある根拠は示せていなかった。

2)の貞観津波は、産総研の波源モデルを、東北電力が2008年に、原子力安全基盤機構も2010年に、それぞれ確定したモデルとして採用していた。

3)について行われた、東電側弁護士のプレゼンは傑作だった。「原告側は、日本原電が東海第二で事故前に対策を実施していたと主張なさっておられますが」と切り出したので、何か説得力のある反論を述べるのかと注目したら、結局何も説明せず「準備書面で説明する」と腰砕けになった。あとから準備書面[2]を確認したところ「対策が必要な建屋の数が違う」などと書いていたが、「本件事故前には着想することができない」と彼らが主張することの根拠は示されていなかった。

 

根拠弱い「土木学会に依頼、極めて合理的」

被告本人側の中久保満昭弁護士は、「長期評価について土木学会に検討を依頼し、土木学会の検討結果に応じて工事するという方針は、極めて合理的なものであった」と主張した。

これにも疑問がある。

まず、この主張の前段として、中久保弁護士は「我が国の全ての原発は、土木学会手法に基づいて津波水位評価をしていた」と述べたが、それは正しくないからだ。

多くの原発が土木学会手法に基づいて津波水位を計算していたのは事実だ。ただし太平洋側では、東電以外の電力会社は、土木学会手法に無い波源まで上乗せし、より安全側に余裕を持って津波水位を計算していた。

浜岡原発は、南海トラフの東西で発生した津波が重なり合って高くなることまで計算していた。東海第二原発は、長期評価の津波を想定して対策を進めていた。女川原発は、貞観地震の水位を計算して安全を確かめていた。

土木学会手法は2002年3月当時の「最低限想定しなければならない水位」であり、その後の科学的知見の進展にあわせて、各電力会社が独自に津波想定を上乗せすることが求められていたのだ。

集団訴訟の高裁判決では、2002年7月の長期評価発表以降は、福島第一は原発の技術基準に適合しておらず「違法な状態」だったと判断しているものが多い。2002年7月以降、土木学会手法の改訂が終わる2012年、さらに改訂に対応した工事を終える予定だった2016年ごろまで、十数年以上も何ら対策をせず違法状態のまま運転を続けようとした東電のやり方が「極めて合理的」とは思えない。

株主代表訴訟の証人尋問で、朝倉裁判長も「福島沖で、地震がありうるかもしれない。年オーダーかけて検討する間に、そこでおきたらどうなるのか、なんら考えなくてもいいと思ったんですか」(2021年7月20日)と被告に問いただしていた。

中久保弁護士の説明に、その答えはなかった。「土木学会に検討してもらうのは極めて合理的」とする根拠として、中久保弁護士は、首藤伸夫・東北大名誉教授と、今村文彦・東北大教授が「合理的だ」と証言したことを挙げたが、彼らは土木学会で津波評価をとりまとめた中心人物だから、自分たちが関与したことを否定的に証言することは考えにくい。あまり説得力は無いように思われた。

 

2022年、司法判断に注目

住民らが国や東電に原状回復や損害賠償を求めている集団訴訟は全国で約30件起こされており、うち4件はすでに高裁判決が出ている。高裁判決のうち、津波を予見して事故は防げたとして国の責任を認めたのは3件、認めなかったのは1件で、「津波は予見でき、事故は防げた」という司法判断の流れが優勢になりつつある。

この集団訴訟について、最高裁が早ければ2022年にも判断を下すと見られている。勝俣元会長らの刑事責任を問う裁判も2021年11月に控訴審が始まり、2022年には大きく動く。7月に、この株主代表訴訟の判決もある。東電原発事故の司法判断は、来年が一つの山場となりそうだ。

[1] https://tepcodaihyososho.jimdosite.com/%E6%8F%90%E5%87%BA%E6%9B%B8%E9%9D%A2%E3%81%AA%E3%81%A9/%E5%8E%9F%E5%91%8A%E6%8F%90%E5%87%BA%E6%9B%B8%E9%9D%A2/

 

[2] https://tepcodaihyososho.jimdosite.com/%E6%8F%90%E5%87%BA%E6%9B%B8%E9%9D%A2%E3%81%AA%E3%81%A9/%E8%A2%AB%E5%91%8A%E6%8F%90%E5%87%BA%E6%9B%B8%E9%9D%A2/

 

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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