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指定弁護士、強制起訴裁判で最高裁に上告趣意書を提出

福島第一原子力発電所の事故を起こした責任を問われ、東京電力の旧経営陣3人が強制起訴された裁判では、東京高裁(細田啓介裁判長)が23年1月に全員を無罪としている[1]。この判決の破棄を求め、検察官役の指定弁護士が上告趣意書[2]を9月13日に最高裁に提出した。重大な事実誤認や審理を尽くしていない点があるとしている。

被告人は、勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の3人。

記者会見する指定弁護士ら(東京の司法記者クラブで、添田孝史撮影

東京高裁判決、おかしなポイント四つ

上告趣意書は117ページある。提出後の記者会見で、指定弁護士の久保内浩嗣弁護士は、高裁判決にある問題点4つを説明した。

一つ目は、どんな手段なら事故を防ぐことができたか(結果回避可能性)について。

高裁判決は、防潮堤を作る方法しか認めず、建屋の水密化などそれ以外の方法は「後知恵」として認めなかった。しかし、国内外で2011年以前に水密化などが取り入れられていた事実があり、高裁の判断は誤っているという。

二つ目は、事故の可能性を被告人らがどう認識していたかということと、刑事責任について。例えば武藤・元副社長について、高裁判決は「10mを超える津波が襲来する現実的な可能性を想定しなかったとしてもやむを得なかった」として無罪とした。

しかし2008年6月の時点で、武藤氏は高い津波の来る可能性を知っていた。日本原子力発電(東海第二原発)は、津波について同じ情報を元に、対策工事を進めていくことを常務会で決めたのに、武藤氏はそのような義務を果たさなかったどころか、むしろ現場の担当社員らが進めようとしていた具体的対策を止めて、漫然と運転を続けさせていたと、上告趣意書は指摘している。

三つ目は、被告人らを有罪とするためには、津波の予測に「現実的な可能性」があることを高裁判決が要求している点について。これまでの刑事裁判の判例が求めていた「具体的な可能性」より、切迫性や確実性の高い予測を求めているのは不当で誤っているとしている。

四つ目は、政府の地震調査研究推進本部が2002年7月に発表した地震の長期予測(長期評価)について。長期評価は、福島沖でマグニチュード8.2の大津波をもたらす地震の発生を予測していた。高裁判決は「現実的な可能性を認識させるような性質を備えた情報であったというまでの証明は不十分である」として無罪を導いた。しかし最高裁の民事裁判の判決(22年6月)では、長期評価の合理性を明確に認めている。

証人を認めなかったのに「立証できていない」とした東京高裁

一つ目のポイントについて、もう少し詳しく見ていく。

上告趣意書では、以下の四つの手段をすべて講じておけば、事故は起きなかったと説明している。
①防潮堤で、津波が敷地に遡上するのを防ぐ
②建屋の出入り口に水密扉(水が入らない扉)を設置し建屋に浸水しないようにする
③電源装置などが設置されている部屋に水密扉を設け、浸水しないようにする
④原子炉への注水や冷却のための代替機器(ポンプや電源など)を浸水のおそれのない高台に準備しておく
一方、高裁判決は①から④の全てを講じていたら事故を防げたという証明はできていないとしている。

指定弁護士は、①から④が有効であることや、事故前にすでに確立し、よく知られていた技術であるという事実を、元東芝の技術者である渡辺敦雄氏を証人に呼んで明らかにしようとしていたが、東京高裁は渡辺氏の証人尋問を認めなかった[3]。立証する手段を奪っておいたにもかかわらず、東京高裁は、①から④が有効であることについて指定弁護士側が立証できていないと判決で書いた。

久保内弁護士は、「極めて不当な判決でした」と会見で説明した。審理が十分尽くされておらず、その結果、判決に影響を及ぼす重大な事実誤認をしているというのだ。

「現実的な可能性」を要求する誤り

上告趣意書は、「現実的な可能性」を東京高裁の細田裁判長が求めたことについても、誤りを詳しく分析している。

そもそも「現実的可能性」とは何か、細田裁判長はその言葉の定義を判決文の中で説明していない。判決文の中で多用しているにもかかわらず、あいまいなまま、ぼやっと使われている。

指定弁護士の神山啓史弁護士は、「色々と調査した限りにおいては、『現実的可能性』という言葉を使った判例は見当たらない」と会見で話した。

「通常は『具体的可能性』という言葉を使っている。『現実的可能性』について高裁は説明していないが、仮に切迫性や確実性の高いものとすると、地震が明日確実に起こるというような情報を、現代社会の中で我々が入手することは不可能なので、そうだとすると、自然災害について、過失犯は問えなくなる、それは刑法理論としておかしい」

趣意書では、ホテルニュージャパン火災(1982年、33人死亡)などホテルやデパートの火災で、予見可能性の程度が低い場合でも経営者の過失責任が認められた判例も紹介。

「火災の発生も津波の襲来も、いつ起きるということを具体的に予見することは困難」「火災も津波の襲来も、いったん起これば重大な被害が生じる」という点で共通だと説明している。

集団訴訟や株主代表訴訟との関係

東電や国の責任を問う裁判は、いくつかの種類がある。主に、民事の避難者訴訟(集団訴訟)、株主代表訴訟、そして今回上告趣意書が提出された刑事訴訟の3種類だ。長期評価の信頼性や、事故が避けられたかという点については、裁判によって判断がばらついている(表)。

作成 添田孝史

集団訴訟では、昨年6月に最高裁第二小法廷が国の責任を認めない判決を出している。ただしこの中で、長期評価の合理性を、最高裁第二小法廷が認めていることが重要だと、指定弁護士の石田省三郎弁護士は言う。第二小法廷が、刑事裁判の上告も担当するからだ。

「長期評価の信頼性を控訴審判決は認めなかったが、最高裁第二小法廷はそこを認めている。それを前提とするならば、我々が主張しているような結論になると確信している。民事事件で採用された証拠と、我々が控訴審で提出してきた証拠、提出しようとした証拠とは、質、量とも圧倒的に違いがある」と石田弁護士。

長期評価について、刑事裁判の最高裁第二小法廷はどう評価するのか。事故が避けられたかどうかという点について、昨年6月の集団訴訟多数派判決と同じ判断をするのか、それとも、豊富な証拠や三浦守裁判官の反対意見を生かして多数派をひっくり返し、高裁判決を破棄するのか。第二小法廷の判断が注目されている。

 

[1] 東電刑事裁判、東京高裁も無罪判決
https://level7online.jp/2023/20230123/

[2] 指定弁護士が提出した上告趣意書
https://shien-dan.org/appellate-brief-20230914/

[3] 渡辺敦雄氏の株主代表訴訟における証人尋問の様子(2021年)
https://level7online.jp/2021/20210826/

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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