ルポライター・明石昇二郎
最新の2014年「全国がん罹患モニタリング集計」データが9月15日に公表された。このモニタリングデータは、東京電力福島第一原発事故で被曝した福島県民に、健康面での影響がみられるかどうかを検証するためにも使われるとされている。最新データを使い、さっそく検証してみることにした。
「全国がん登録」最新データ公表
『週刊金曜日』2018年3月9日号に拙稿「福島で胃がんが多発している」が掲載されてから、半年が過ぎた。
この記事は、国の「全国がん登録」(全国がん罹患モニタリング集計)データを検証したところ、東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第一原発事故が発生した2011年以降、福島県で胃がん患者が多発していることが確認されたため、その事実を報じたものだ。
検証したのは、2008年から2013年までの6年分のデータである。単に患者数が増えているだけではなかった。統計的に有意な多発状態にあった。
当該記事ではデータの出典も明らかにした。つまり、疫学や統計学の基礎知識があれば、誰でも記事の真贋(しんがん)を確かめることができる。筆者が行なった検証作業とは、全国の「胃がん年齢階級別罹患率」と福島県の同罹患率を比較し、「標準化罹患率比」とその「95%信頼区間」を求める――というものだ。
しかも、福島県のがん登録データを精査してみると、注意を払うべきは「胃がん」だけではなかった。例えば、被曝労働で労災認定する際の対象疾患である「悪性リンパ腫」や「白血病」も増えていたのである。今後のがん登録データの公表を待って、さらなる検証を続ける必要があった。
胃がんは3年連続で「有意に多発」
最新の2014年「全国がん罹患モニタリング集計」データが、国立がん研究センターのホームページ上で公開されたのは、9月15日(土)のことである。
日本のがん罹患率は、5歳ごとの年齢階級別に集計されており、人口10万人当たり何人発症しているかという「人数」で表わされる。
まずは、2013年の段階ですでに多発が確認されていた「胃がん」について、改めて検証することにした。全国の「胃がん年齢階級別罹患率」と福島県の同罹患率を比較してみたのが、次の【表1】だ。男女ともにさまざまな年齢層で全国平均を上回っている年齢階級が散見される。
次に、全国と同じ割合で福島県でも胃がんが発生していると仮定して、実際の罹患数と比較してみる検証を行なってみた。疫学(えきがく)の手法で、「標準化罹患率比」(標準化発生率比ともいう。略称は「SIR」)を計算する方法だ。全国平均を100として、それより高ければ全国平均以上、低ければ全国平均以下を意味する。
福島県の胃がんについて、2008年から2014年までのSIRを計算してみた結果は、次の【表2】のとおり。
2011年を境に、男女とも全国平均を大きく超えてしまっている。ちなみに国立がん研究センターでは、SIRが110を超えると「がん発症率が高い県」と捉えているようだ。
そこで、このSIRの「95%信頼区間」を求めてみた。いよいよ疫学の専門領域に突入するわけだが、一般向けに分かりやすく言えば、それぞれのSIRの上限(正確には「推定値の上限」)と下限(同「推定値の下限」)を計算して出し、下限が100を超えていれば、単に増加しているだけではなく、「統計的に有意な多発」(=確率的に「偶然」とは考えにくい多発)であることを意味する。
その結果は次の【表3】のとおり。福島県では、2012年と2013年に引き続き、2014年も胃がんが男女ともに「有意に多発」していた。3年連続の「多発」である。
悪性リンパ腫と白血病は「小康状態」
続いて、「悪性リンパ腫」と「白血病」を検証する。
福島県の悪性リンパ腫について、2008年から2014年までのSIRを計算してみた結果は次の【表4】のとおり。
SIRが110を超えている2013年男性の「95%信頼区間」を求めたところ、下限は97・3であり、100を超えていないため「有意に多発」しているとは言えなかった。また、男女ともに増加傾向にあった罹患数にしても、2014年の男性は減少、女性は横ばいである。
同様に白血病に関しても、SIRを示す【表5】。
白血病の罹患数は2011年以降、男女ともに右肩上がりで増えていたが、2014年になって減少に転じている。SIRも100を超えていない。
以上のように、悪性リンパ腫と白血病は増加が収まり、小康状態だった。一方、多発していたのは次の4種類のがんである。
「甲状腺がん」
「前立腺がん」
「胆のう・胆管がん」
「卵巣がん」
甲状腺がんは男性で「有意に多発」
2013年までの時点で、SIRが100を超えている年があるがんには、ここまで検証してきた胃がん、悪性リンパ腫、白血病に加え、甲状腺がん(男女)、直腸がん(男)、多発性骨髄腫(男)、前立腺がん(男)、胆のう・胆管がん(男女)、卵巣がん(女)があった。
若年層における多発が懸念されている「甲状腺がん」だが、SIRとその「95%信頼区間」を求めた結果が次の【表6】である。
罹患数が増加し続けた結果、2014年の男性でついに「有意に多発」するに至っていた。女性にしても、SIRは年々上昇している。参考までに、全国の「甲状腺がん年齢階級別罹患率」と福島県の同罹患率を比較したものも【表7】として示しておく。東京電力福島第一原発事故後、福島県が県内全ての子ども約38万人を対象に実施している甲状腺検査を受けていない年代にも、甲状腺がんが増えてきているのがわかる。
「前立腺がん」は、2012年の男性で「有意に多発」している。翌2013年に減少に転じ、多発状態はいったん解消されたものの、2014年には再び罹患数が増えており、今後の推移を注意深く見守る必要がある【表8】。
「胆のう・胆管がん」は、2010年、2013年、2014年の男性と、2009年、2014年の女性で「有意に多発」していることが確認された【表9】。このがんは、2011年以前にも福島県で「有意に多発」しているのが特徴だ。だが、近年はSIRが110を超え続け、2014年に至っては男女揃って「有意に多発」している。特に注意を払う必要があるがん、と言えるだろう。
「卵巣がん」は、2013年、2014年の女性で「有意に多発」している【表10】。明らかな増加傾向にあり、罹患数もあと少しで200を超えてしまいそうな勢いだ。
こうした状況を、福島県保健福祉部・地域医療課ではどう捉えているのか。コメントを求めたところ、同課の菅野(かんの)俊彦(としひこ)課長は、
「コメントはお断りさせていただきます」
とのことだった。
「福島県のがん」は増え続けている
米国のCDC(疾病管理予防センター)では、2001年9月の世界貿易センター事件(同時多発テロ事件)を受け、がんの最短潜伏期間に関するレポート『Minimum Latency & Types or Categories of Cancer』(改訂: 2013年5月1日。以下「CDCレポート」)を公表している。これに掲載されている「がんの種類別最短潜伏期間」を短い順に示すと、
【白血病、悪性リンパ腫】0・4年(146日)
【小児がん(小児甲状腺がんを含む)】1年
【大人の甲状腺がん】2・5年
【肺がんを含むすべての固形がん】4年
などとなっている。
CDCレポートに従えば、胃がんの最短潜伏期間は「4年」である。そうであるならば、福島第一原発事故発生の翌年から多発し始めた胃がんの原因が「原発事故」であるとは考えづらいことになる。それとも、CDCレポートの知見を覆すような事態が、現在の福島県で進行しているのか。その真相はいまだ不明のままである。
前立腺がん、胆のう・胆管がん、卵巣がんはいずれも「固形がん」に分類されるもので、これらの最短潜伏期間も「4年」である。最短潜伏期間を過ぎた2015年以降のデータが、原発事故による被曝と発症との因果関係を推定する重要なカギとなりそうだ。
男性の甲状腺がんは、「2・5年」の最短潜伏期間を過ぎた2014年の段階で「有意に多発」するに至っていた。前述したとおり、女性のSIRも年々上昇している。「最短潜伏期間」の次にやってくるのは「平均潜伏期間」の山であり、原発事故による被曝が関与しているのだとすれば、男性に続き女性でも2015年以降、「有意に多発」している恐れがある。
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最後にもう一つ、気になるデータを紹介しておく。全国の「全がん年齢階級別罹患率」と福島県の同罹患率を比較したもの【表11】と、そのSIR【表12】である。
これは、すべての部位のがんを合計し、罹患率を弾き出したものだ。見ると、2011年以降は罹患数もSIRも右肩上がりで増え続けている。
となれば、今後もがん登録データの検証を続けていくほかあるまい。
【注】
SIRで多発が確認された福島県の胃がんや甲状腺がんだが、2014年版の「全国がん罹患モニタリング集計」に掲載された都道府県ごとの年齢調整罹患率では、福島県は特段目立った数値になっていない。
SIRは「標準化間接法」という計算方法であり、一方の年齢調整罹患率は「標準化直接法」という計算方法で弾き出す。つまり計算方法が異なるわけだが、なぜそうなるのか、理由は判明していない。
理由が判明し次第、このサイトで改めて報告することにするが、参考までに、福島と全国の「胃がん」年齢調整罹患率を比較してみたところ、福島は年々増加している一方で、全国は減少傾向にあるようだ。2008年は男女ともに全国を下回っていたのが、2012年以降は逆転して全国を上回っている【表13】。
福島と全国の「甲状腺がん」年齢調整罹患率の比較でも、2008年は男女ともに全国を下回っていたのが、2012年にほぼ並び、以降は追い抜いて男女とも全国を上回っている【表14】。