私も「胃がん」になりました 第3回
ルポライター・明石昇二郎
【第3回】
「原因究明」を試みる
胃がんの原因、もしくはリスク要因として指摘されているものには、遺伝や喫煙、塩分の多い食事、野菜や果物の摂取不足、ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)などがあります。ただし、原因が100%解明されているわけではなく、ひとつのリスク要因だけで説明できるものでもない、とされています。つまり、いまだ研究中であり、これらのリスク要因は今のところ〝犯人〟と断定することはできず、〝容疑者〟か〝共犯者〟ということのようです。
リスク要因のひとつとされる「塩分の多い食事」について、少し掘り下げてみることにします。胃がんの手術を終えたばかりの私は、食塩摂取量を減らすよう医師から命じられているからです。その上限は1日当たり6グラムで、インスタントラーメンの「サッポロ一番 塩ラーメン」1袋(6.1グラム)でゆうに上限をオーバーしてしまいます。
正直に言いますと、胃がんで手術を受ける以前は、食塩摂取量についてはまったく関心を払っておりませんでした。医師から減らすよう命じられたのも、入院中はまったく食べることのできなかったカップ麺やスナック菓子を、退院直後にむさぼるように食べたことを正直に申告したからで、それくらい無関心でした。
塩分の多い食事が本当に胃がんの原因であるならば、食塩摂取量の多い都道府県の住民は、少ない都道府県の住民より胃がんのSIR(標準化罹患率比)が高くなくてはなりません。そこで、健康増進法に基づく国民健康・栄養調査の「都道府県別食塩摂取量」データを使い、塩辛いものを好む食文化で知られる秋田県と長野県をチェックしてみることにしました。
秋田県は2012年のSIRが110以上です。「都道府県別食塩摂取量」データによると、2012年の同県の食塩摂取量の平均は1日当たり12.3グラムとなっています。
一方、同じ年の長野県のSIRは110未満で、食塩摂取量の平均は1日当たり12.6 グラムです。SIRが低い長野県のほうが、食塩摂取量が多いのです。たった0.3グラムの差と思うかもしれませんが、1年にすれば0.3×365日=109.5グラムもの差になります。なるほど「塩分の多い食事」を胃がんの「原因」と断定するのを避け、「リスク要因」という微妙な言い回しをしているのも頷けます。
ただ、私の場合、「塩分の多い食事」をことさら好んで食べていたという自覚はありません。とはいえ、食塩摂取量に無関心だったことは事実ですので、明石のリスク要因に「塩分の多い食事」が含まれるかどうかの判断は保留致します。参考までに付け加えると、妻や仕事仲間の証言では、
「塩分の多い食事を極端に好んで摂っていたとは思えない」
とのことでした。
明石にとっての「リスク要因」
研究が進んでいる胃がんのリスク要因に「ピロリ菌」があります。近年の研究成果には、胃がんの発症や進行にピロリ菌感染が深く関与していることや、ピロリ菌に未感染の胃に胃がんが発症することは稀であることが確認されたことなどがあります【注1】。
【注1】2016年『ヘリコバクター・ピロリ除菌の保険適用による胃がん減少効果の検証』(https://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201605033A)など。
2013年、内視鏡検査と感染検査で診断を下された「ピロリ感染胃炎」に対する除菌治療が世界で初めて保険適用されたことにより、日本における胃がん死亡者が減少することが期待されています。
ただし私の胃は、ピロリ菌に感染しておりません。2年前に受けた人間ドックでも、ピロリ菌感染は確認されませんでした。つまり私の胃がんは、ピロリ菌感染によるものではありません。
日本癌学会主催の市民公開講座(第23回、金沢市。2014年5月24日)で、浅香正博・北海道大学大学院医学研究科がん予防内科学講座特任教授(当時。現・北海道医療大学学長)が講演された際、次のような話をされています。
「今、日本人がかかっている胃がんの98%はピロリ菌感染によるものです」
この「98%」という数字が、現在のがん治療の世界でどのくらいコンセンサスを得られているのかは、単なる一胃がん患者に過ぎない私にはとても判断できませんが、事実とすれば、私の胃がんは大変稀なケースであることになります。
胃がんのリスク要因には「遺伝」も挙げられています。私の父と祖父は胃がんで亡くなりました。父は72歳で発症し、77歳で亡くなりました。祖父に関しては、72歳で亡くなったと両親から聞かされています。それだけに、ウチの家系は胃がんに注意を払うべきだと、以前から考えておりました。
しかし、父も祖父も、胃がんになったのは70歳前後のことでした。従って、60代の後半に差し掛かったら注意しようと思っていただけに、それより10年以上も早い56歳での胃がん罹患は意外でしたし、大変驚かされました。
整理しますと、私に該当しそうなリスク要因は、
・遺伝
・喫煙
の2つと、判断を保留した
・食塩摂取量
の3つになりそうです。そこで、「遺伝」と「喫煙」について、もう少し検討します。
祖父が喫煙していたかどうかは、記憶も情報もありません。祖父は私が2歳の時に亡くなったからです。一方、父は私と同様の喫煙者でしたが、50歳の頃に禁煙しています。子どもの前でタバコを吸うことはほとんどなかったので、禁煙前に1日何本くらい吸っていたかは不明です。私は手術前まで、1日20本(1箱前後)ほど吸ってきましたが、原稿の締め切り前になると、本数は1・5倍くらいに増えていたと思います。しかし、近年はタバコの値上げもあり、意識して1日20本以下を目標に本数を減らしていました。
では、「飲酒」はどうなのでしょうか。
国立がん研究センターのホームページに載っている「胃がんの原因」欄には、「食生活などの生活習慣」として「塩分の多い食品の過剰摂取や、野菜、果物の摂取不足」が挙げられているのですが、「飲酒」や「酒の過剰摂取」といった文言は載っていません。同センターの「予防研究グループ」の研究には、
「お酒を飲むと2倍から3倍噴門部(上のほう)の胃がん(全体の13%を占めていました)になりやすい傾向がうかがえました」(https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/256.html)
との報告がある一方で、
「日本人において、飲酒によって胃がんのリスクが高くなるというエビデンスは『十分ではない』という結論になりました」(https://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/791.html)
とした報告もあります。
父は〝浴びる〟ほど飲むタイプで、50歳頃からはめっきり弱くなり、泥酔するようになっていました。それは60歳で脳梗塞を患うまで続いていました。脳梗塞以降は断酒しています。
そんな父を見てきたこともあり、私は二日酔いしたり、他人に迷惑をかけたりするほどの過剰摂取が大嫌いですし、アルコール中毒でもありません。今回の手術を受ける前、禁煙で苦しんだことはこの連載の第2回で触れましたが、今回の手術前や入院中に禁酒を命じられたものの、苦しむことはありませんでした。他に思いつくリスク要因が私にあるとすれば、2011年3月以降の「被曝」くらいのものです。
ところで、被曝は胃がんのリスク要因に含まれないのでしょうか。国立がん研究センターや各大学医学部のホームページに載っている「胃がんの原因」欄を点検したところ、被曝も胃がんのリスク要因となる、としているところは、ひとつもありませんでした。
被曝が胃がん罹患数や発症時期を「底上げ」する?
被曝と発がんは無関係ではありません。
例えば、妊婦の腹部への被曝が生誕後の小児がんの原因となるということは、半世紀ほど前から知られている医学的知見です。研究自体は1950年代から世界的に行なわれており、子宮内で胎児が10ミリグレイ(10ミリシーベルトとほぼ同じ)程度のX線被曝を受けると、小児がんのリスクが必然的に増加するという結論が、すでに出ています【注2】。
【注2】代表的な研究は次のとおりです。
・妊婦への放射線検査と10歳未満でのがんの発症調査(1956年)。Stewart A, Webb J, Giles D, and Hewitt D: Malignant disease in childhood and diagnosed irradiation in utero. Lancet 1956; 268(6940): 447.
・妊娠中の放射線と小児がんの相対危険度(1997年)。Doll & Wakeford : Br J Radiol 1997; 70: 130 139 (以下の添付資料参照)
・オーストラリアでのCTスキャンの発がん影響調査(2013年)。被曝者と68万人と被暴露者1100万人のデータによる。Mathews J D et al. BMJ 2013;346:bmj.f2360
[pdf-embedder url=”https://level7online.jp/wp-content/uploads/2018/12/DollWakeford1997.full_.pdf” title=”Doll&Wakeford1997.full”]
放射線や放射性物質は、先天異常を引き起こす「催奇性」と同時に、「発がん性」という毒性も兼ね備えています。病院のレントゲン撮影室(X線撮影室)の入ロに表示してある
「妊娠している可能性がある方は、必ず申し出てください」
といった表示は、こうした調査研究を根拠にしたものであり、胎児が無用の被曝をするのを避けるための予防的措置と言えるでしょう【注3】。
【注3】「胃がんのリスク」に限った話ではありませんが、被曝により増加する「発がんリスク」についても簡単に触れておきますと、国際放射線防護委員会(ICRP)が推奨する「LNT仮説」(線形閾値(しきいち)なし仮説)」によれば、弱い放射線を少しずつ浴び続け、それが100ミリシーベルトに達すると、その後の生涯でがんによって死亡する確率が0.5%上乗せされる――とのことです。がんになった人がすべてがんで死亡するわけではないので、その後の生涯でがんに罹る確率(生涯累積罹患リスク)のほうは、その2倍程度(1%の上乗せ)だろうと考えられています。
国立がん研究センターによれば、最新2014年のがん罹患データで生涯累積罹患リスクを計算したところ、日本におけるがんの生涯累積罹患リスクは男性で62%、女性で47%だったそうですので、100ミリシーベルトの被曝をした男性では62%+1%で63%、同女性では47%+1%で48%へとリスクが高まることになります。
また、100ミリシーベルトの 10 分の1である10ミリシーベルトなら、上乗せも、死亡リスクであれば10 分の1の 0.05%、罹患リスクであれば0.1%になるだろうと「LNT仮説」では考えます。
ただし、これはあくまでも大人の場合の話で、大人よりも被曝の影響を受けやすい子どもの場合は、この発がんリスクはさらに高まると考えられています。
白血病は累積ガンマ線被曝が5ミリグレイ(5ミリシーベルトとほぼ同じ)を超えると、統計的有意差が出てくるとの研究もあります。同研究では、白血病を除くすべてのがんにしても、15ミリグレイ(15ミリシーベルトとほぼ同じ)の累積被曝によって多発してくるという指摘もされています【注4】。
【注4】Kendall GM et al.: Leukemia (2013) 27, 3 9.
疫学と因果推論などが専門の津田敏秀・岡山大学大学院教授は、前掲の【注2】【注4】で紹介した研究論文の存在を教えてくれた上に、次のように解説してくれました。
「被曝はすべてのがんを増やすとされています。放射線によって多発が目立つがんは、普段は比較的珍しいタイプのものですので、被曝により〝目立つ〟ようになるのです。
もともとがんは、ある程度の割合で被曝と関係なく発生するものですが、それを被曝が〝押し上げて〟しまうのです」
このコメントは『週刊金曜日』2018年3月9日号掲載の拙稿「福島県で『胃がん』が多発している」の中で紹介したものですが、胃がんの他に、症例数が少なくて珍しい白血病や悪性リンパ腫、甲状腺がんなどが福島県で増えていることを踏まえ、解説していただいたものです。
しかし自分自身も胃がんに罹った今、改めて読み直してみると、ストンと腑に落ちる説明だと思いました。私のケースに当てはめると、明石家では3代続けて胃がんに罹ったものの、原発事故による被曝というリスク要因まで加わった私は、祖父や父よりも10年以上早く胃がんを発症することになった――とも考えられるからです。
被害者救済の前に立ちはだかる「100ミリシーベルト」の壁
連載第1回で紹介しましたが、福島県取材の際に持参していた積算線量計によれば、私の積算被曝線量は2011年5月から2012年8月までの1年3か月間で、およそ1500マイクロシーベルト(1・5ミリシーベルト)です。残念ながら、記録として残っているのはこの数値だけです。この後も福島県に通い続けていますので、原発事故後の7年間の通算ではその数倍に達しているのは間違いなさそうです。
仮に、私の積算被曝線量が原発事故後の7年間で5ミリシーベルトだったとします。積算線量計を持参せず、2012年8月以降に行なった福島県取材では、毎時10マイクロシーベルトを超える汚染に見舞われた地域を訪れたこともありますので、ことさら多めに見た数値でも、非現実的な数値でもないと思います。とはいえ、原発事故由来の被曝は5ミリシーベルトのうちの一部です。積算線量計は、もともと自然界に存在している放射線(自然放射線)と事故由来の放射線(人口放射線)を区別して測ることができません。
この場合のがんの生涯累積罹患リスクを「LNT仮説」に基づき計算すると、現在の日本男性におけるがんの生涯累積罹患リスク「62%」に0.05%が上乗せされた62.05%ということになります。
さらに言うと、私の積算被曝線量はいわゆる「外部被曝」に限った数値であり、飲食や呼吸を通じて放射性物質を体内に取り込む「内部被曝」による被曝線量はまったく計測できておりません。迂闊と言えばそれまでですが、外部被曝と内部被曝の測定データを両方とも持っているのは、被曝労働に従事している人たちくらいのもので、一般市民でそうしたデータを持っている人など滅多にいるものではありません。
被曝線量の記録がなければ、たとえその後、がんになっても被曝との因果関係を立証することは大変困難です。しかもこの立証作業は、健康被害を受けたと考えている当人が自らしなくてはなりません。国や自治体が立証作業の手伝いをしてくれることなど、ありえません。
おまけに、被曝線量の記録があったとしても、その積算線量が100ミリシーベルトを超えなければ、被曝後にがんを発症しても健康被害として認められるのが大変難しいという現実もあります。被曝労働に対する労災認定でも、認定の目安となっているのが「100ミリシーベルト」だからです。
それは、胃がんに関しても同じでした。ある放射線業務従事者が胃がんを発症し、労災請求をしたことを受け、放射線業務が胃がんの原因かどうかを判断するために、厚生労働省が2012年にまとめた「胃がん・食道がん・結腸がんと放射線被ばくに関する医学的知見」なるものがあります(https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002koo1.html)。これには「当面の労災補償の考え方」として、次のような記述がありました。
(1)被ばく線量 胃がん・食道がん・結腸がんは、被ばく線量が100mSv以上から放射線被ばくとがん発症との関連がうかがわれ、被ばく線量の増加とともに、がん発症との関連が強まること。
(2)潜伏期間 放射線被ばくからがん発症までの期間が、少なくとも5年以上であること。
(3)リスクファクター 放射線被ばく以外の要因についても考慮する必要があること。
これが、胃がんと放射線被曝に関する現時点の「医学的知見」ということになっているのでした。この3項目で私に当てはまるものは、(2)の「潜伏期間」くらいしかありません。この「医学的知見」が改められることがない限り、たとえ「LNT仮説」で生涯累積罹患リスクが0.05%上乗せされた人ががんになろうが、無視されます。
原発事故により、自分にはまったく責任のない「被曝」というリスク要因を押しつけられ、胃がんを発症しても、事実上泣き寝入りを強いられるのが、我らが祖国・日本という国なのでした。
こんなことになってしまうのも、がんの発症後では、被曝由来のがんと、そうでないがんの区別がつかないからです。研究が進み、この区別がつくようになれば、被曝で健康被害を負った人々への救済は確実に進むことでしょう。
その区別がつかない今、次善の策として考えられるのは、被曝線量調査しかありません。特に大事なのが、原発事故の発生直後に行なう被曝線量調査でした。
思い出してほしいことがあります。福島第一原発の直近から避難してきた一般市民が被曝していることが判明した2011年3月12日頃、放射線測定器で1万3000カウント(CPM)以上を計測した人のすべてを「全身の除染が必要な被曝」とみなし、シャワーで全身を洗い流していました。しかし、除染を受ける人が増え始めた3月14日になって、いきなりその基準を7倍以上の「10万CPM以上」に引き上げたのです。
それ以降、「今日は何人の市民を除染」という情報が報道から消えました。でも、「市民被曝」の事実が消えたわけではありません。単に報道されなくなっただけの話でした。
ところで、この時に測定した線量データはその後、どうなったのでしょう。二度と測ることのできない貴重なデータのはずです。
もっと気になるのは、測った市民一人ひとりにこの線量データがきちんと渡されたのか、ということです。もしその後、がんなどの疾病を発症した際には、被曝との因果関係を立証するための有力な証拠となるはずです。
シャワーで全身を洗い流す必要があるほど被曝していた人たちに対する追跡調査は、どうなっているのでしょうか。事故から7年が経過した今も、何の報告も聞きません。彼らの無事を祈るしかありません。
原発事故の発生直後からきちんと「市民被曝」の実態を調べ、その情報を精査しておけば、福島第一原発事故の被曝による健康被害の有無は明確に判断できた上に、被曝による被害者が発生していた場合はその救済が迅速に行なわれたことでしょう。その作業を阻んだり、怠慢でやらなかったりした人たちこそ、今も続く福島県への風評を招いた元凶である、と言うこともできそうです。
「市民被曝」の事実をうやむやにすることは、取り返しがつかないほどの莫大な放射能汚染を招いた公害企業を免罪・救済することにしかなりません。
*
原因究明の作業に着手したことで、いろいろな課題が見えてきました。
喫緊の課題は、国立がん研究センターや各大学医学部が発信する「胃がんのリスク要因」の中に「被曝」も加えてもらうことでしょうか。100ミリシーベルトという壁があるにせよ、厚労省が示す「医学的知見」でも認めているのですから、難しいことではないはずです。
(続く)
福島第一原発事故の発生時点で福島県およびその周辺県にお住まいで、事故以降、胃がんに罹った皆様からの情報をお待ちしております。お便りは、
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までお願い致します。