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第34回公判傍聴記

双葉病院の入り口

「母は東電に殺された」被害者遺族の陳述

11月14日の第34回公判では、大熊町の病院や介護施設から避難する時に亡くなった被害者の遺族が意見陳述した。2人が法廷で被告人に対して直に意見を述べ、さらに3人分の意見は弁護士によって代読された。

自衛隊さえあわてて撤収する高い放射線量のもと、中心静脈栄養の点滴を引き抜かれ、バスに押し込められて10時間近くも身動きできないまま運ばれ息絶える。あるいは、病院に置き去りにされたまま、骨と皮のミイラのようになって死ぬ。

原発事故が起きると、21世紀の先進国とは思えない異常な死に方を強いられる状況が、あらためて示された。そして、穏やかに看取ってあげられなかった遺族の無念の思いが法廷で述べられた。

そのような悲惨な事態を誰が引き起こしたのか。

「現場に任せていた」という被告人らの説明では、遺族たちは納得していないことも、「東電に殺された」という強い言葉とともに訴えられた。

以下に、意見陳述の概要を紹介する。

「想定外で片付けられると悔しい」

介護老人保健施設「ドーヴィル双葉」に入所していた両親を亡くした女性=法廷で意見陳述

「想定外で片付けられると悔しくてなりません。太平洋岸には他にも原発があるのに、なぜ福島第一原発だけが爆発したのか。何かしらの対策を取っていれば、女川や東海第二のように事故は防げたのではないかと思うと許せません。わかっていて対策をせず、みすみす爆発させたのなら未必の故意ではないのか。誰一人責任者が責任を取っていないのは悔しい」

責任者を明らかにするのが大切」

ドーヴィル双葉に入所していた祖父母を亡くした男性=法廷で意見陳述

「(2002年の)東電のトラブル隠しのあとに起きているのがとても残念です。高度な注意義務を負う経営者に、刑事責任をとってもらわないと今後の教訓にならない。もう二度と同じ思いをする人が出ないように」

原発を不安に思っていた父

双葉病院に入院していた父(97歳)を亡くした女性=弁護士が代読

「父は寝たきりで2時間ごとの体位交換が必要でした。経口摂取も困難で中心静脈カテーテルで栄養や薬剤の投与を受けていましたが、避難の際に抜かれ、水分や栄養分を摂取できなくなりました。このような酷い状況に10時間近くも置かれ、父は亡くなったそうです。父は寒がりでしたし、水分や栄養を摂取できず、身動きもできない状況で、どれほど辛く、苦しかったことでしょう。私が結婚するにあたって、夫が実家に挨拶に訪れた際に、父は「ここは原発があるからな」と不安を口にしました。原発のことを不安に思っていた父が、原発事故で亡くななるとは全く想像もしていませんでした」

「慢心があったとしかいいようがありません」

双葉病院に入院していた兄を亡くした人=弁護士が代読

「(事故の)直前の数年間、大きな災害が続いた。国会でも原発の津波対策について質疑があった。東電の経営者は、あくまで他人事のように見ていたのではないか。もし切迫した緊張感を持って経営していれば事故は避けられただろう。東電は自らが安全神話にとりつかれ、慢心があったとしかいいようがありません」

「トップの責任を認めて欲しい」

双葉病院に入院していた母を亡くした女性=弁護士が代読

「遺体を確認したとき、骨と皮のミイラのようだった。被告人の方、この時の気持ちが分かりますか。この裁判であなた方は「部下にまかせていた。私の知り得ることではない」と言い続けている。経営破たんした別の会社の社長は「すべて私の責任。社員を責めないで」と言っていた。あなた方もトップの責任として、なぜこのくらいのことを言えないのですか。母の死因は急性心不全だが、東電に殺されたと思っている」

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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