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第5回公判傍聴記

津波担当のキーパーソン登場

4月10日の第5回公判は、希望者165人に対し傍聴できたのは68人だった。

この日の証人は東電の高尾誠氏。私が高尾氏の姿を見たのは6年ぶりだった。ずいぶん白髪が増えていたが、表情は以前よりすっきりした感じに見受けられた。武藤栄元副社長の津波対策先送りに「予想外で力が抜けた」とまで率直な証言をする、その覚悟を決めていたからだろうか。

高尾氏は1989年に東電に入社。柏崎刈羽原発の土木課で4年働いたのち、1993年に本店原子力技術部土木調査グループに異動。その後は東通原発に勤務した期間(3年)をのぞいて、事故まで約15年間、本店の土木部門で津波や活断層の調査を担当していた。東電の津波対応の全てを知っている「最重要の証人」(海渡弁護士)である。今回を含めて計3回の公判期日が高尾氏の尋問にあてられていることからもわかる。

公判は、検察官役の神山啓史弁護士の質問に高尾氏が淡々と事実関係を答える形で進められた。

◯長期評価が焦点

焦点は、2002年7月に地震調査研究推進本部(地震本部)が発表した長期評価を、東電の技術者はどう考えていたかだった。この長期評価は、福島沖の日本海溝沿いでM8級の津波地震が起きうると予測していた。その津波高さを計算すると15.7mになる(第4回公判傍聴記参照)。

高尾氏の証言で明らかになった重要な事実は、津波想定を担当していた東電本店の土木調査グループの技術者たちは、2007年11月以降ずっと福島沖M8への対策が必要だと考えていたことだ。東電の事故調査報告書は「15.7mは試し計算である」として、本気では取り組んでいなかったかのような記述をしていたが、それは誤りであることがはっきりわかった。

地震本部の長期評価を取り入れるべきだと考えた理由として、高尾氏は以下のような項目を挙げていた。

  • 専門家へのアンケートで、長期評価支持が半数を超えていた。
  • 東通原発の設置許可申請で、長期評価を取り入れていた。
  • 地震本部は国の権威を持つ機関である。
  • 原子力安全・保安院で古い原発の安全チェックをする会合の主査である阿部勝征・東大教授(故人)が、長期評価を強く支持していた。
  • 確率論的な津波評価でも、敷地を超える津波が発生する確率は、対策が必要と判断される値だった

◯現場は一貫して「対策必要」

高尾氏ら現場の技術者は、2007年11月からずっと対策の検討を進めていた。「対策を前提に進んでいるんだと認識していた」と高尾氏は証言した。それが2008年7月31日、わずか50分程度の会合の最後の数分で、武藤副社長から突然、高尾氏が予想もしていなかった津波対策の先送りが指示される。高尾氏は「それまでの状況から、予想していなかった結論に力が抜けた。(会合の)残りの数分の部分は覚えていない」と証言した。今回の公判のクライマックスだった。

高尾氏の上司である酒井俊朗氏は、この日の結論について、他の電力会社に以下のようなメールを送っていた。

推本《地震本部》で、三陸・房総の津波地震が宮城沖~茨城沖のエリアのどこで起きるか分からない、としていることは事実であるが、 原子力の設計プラクティスとして、設計・評価方法が確立しているわけ ではない。(中略) 以上について有識者の理解を得る(決して、今後なんら対応しないわけではなく、計画的に検討を進めるが、いくらなんでも、現実問題での推本即採用は時期尚早ではないか、というニュアンス)。   以上は、経営層を交えた現時点での一定の当社結論となります。

11日以降の公判で、この「有識者の理解を得る」ために東電が何をしたかが明らかになるだろう。

◯浮かび上がった疑問

公判を聞いていて、いくつか疑問が浮かんだ。東電は、他の電力会社とも連絡をひんぱんに取り合っていたことがこの日の公判で示された電子メールで明らかになった。それによると2008年7月時点で、東北電力はバックチェック最終報告書を2008年12月に予定していた。ところが実際には2010年春まで延ばされ、報告書も公開されなかった。この背景に、東電が津波想定を先延ばしたことがあるのではないのだろうか。東北電力が先行して最終報告を出すことに、東電が抵抗したのではないかということだ。東北電力が先にだせば、東電が高い津波の対策ができず最終報告を先延ばししていることが明らかになってしまうからである。

もう一つは、東北大学・今村文彦教授の意見が変わってしまったことだ。今村教授は、原発の安全審査にかかわる津波の専門家として、東電も重く見ていた。2008年2月26日に高尾氏が面談した時は、「福島県起き海溝沿いに大地震が発生することは否定できないので波源として考慮すべきであると考える」と話していたと、公判で示された東電の記録でわかった。またアンケートでも、長期評価を支持する方に多くの重みを置いていた。
しかし住民らが東電や国を訴えている集団訴訟に、今村教授が出した意見書では「福島県沖の日本海構沿いでも発生することを想定した津波対策をすべきであったとはいえない」と述べている。今村教授はいつ、考えを変えたのだろうか。これも今後の公判で解明を期待したい。

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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