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長期評価の発表を防災担当大臣が「懸念」し修正を要求

「当方の大臣」が懸念していた長期評価

2002年7月に政府の地震調査研究推進本部(地震本部)の長期評価部会が「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下、三陸~房総沖長期評価)をとりまとめた際、内閣府の中央防災会議事務局の防災担当者から発表の先送りや修文を要求されたことが、元国会事故調委員だった柳田邦男氏の寄稿文(文藝春秋2012年5月号)などから明らかになっている。この要求が、防災担当大臣の意向をふまえたものだったことが、筆者の情報開示請求で開示されたメールから明らかになった。
↑本文2段落目、冒頭から「当方の大臣も、あやふやな〜」と記載。

「三陸~房総沖長期評価」は、岩手県の三陸沖から房総沖の日本海溝沿いのどこでも、巨大な津波を伴う地震が発生する可能性があるという調査結果をまとめたもの。この結果は東日本の太平洋岸に並ぶ原発の津波対策に大きな影響を与えるおそれがあり、原子力安全・保安院は東電に対して対策を検討するよう要請していた。
Level7online「津波対応、引き延ばした」東電、事故3年前に他電力に説明>の注釈3 )

そんな「三陸~房総沖長期評価」が発表される直前の2002年7月23日夜9時前、内閣府防災担当の斎藤誠参事官補佐から地震本部の前田憲二氏に、「1回しかない地震の記録や広域に発生する地震をまとめて評価して無理やり計算したような、非常に精度が低いと思われるもの」があり、「当方の大臣」が発表を非常に懸念している、というメールが送付された。

「当方の大臣」とは、通産省官僚から自民党衆議院議員(1986〜2006)、長野県知事(2006〜2010)を務めた村井仁氏のことだ。

 当方の大臣も、あやふやな情報を社会に公表して無用の混乱を生むということについて、非常に懸念されており、ポアソン過程でしか確率を算出できないようなものが、決定論的にこれしかないというような形で社会に公表されることは避ける必要があると考えますがいかがでしょうか。
(開示されたメールより引用)

内閣府は対策コストを懸念

このメールの2日後の25日、内閣府の斉藤氏は、「内閣府の中で上と相談したところ、非常に問題が大きく、今回の発表は見送り(中略)できればそのようにしていただきたい。(中略)やむを得ず、今月中に発表する場合においても、最低限表紙を添付ファイルのように修正(追加)し、概要版についても同じ文章を追加するよう強く申し入れます」と修正を迫り、文案を地震本部の前田氏に送った。

 なお、今回の評価は、現在までに得られている最新の知見を用いて最善と思われる手法により行ったものではあるが、データとして用いる過去地震に関する資料が十分にないこと等のため評価には限界があり、評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には相当の誤差を含んでおり、決定論的に示しているものではない。
 このように整理した地震発生確率は必ずしも地震発生の切迫性を保証できるものではなく、防災対策の検討に当たっては十分注意することが必要である。
(開示されたメールより引用)

もともとの報告書は、「現在までの研究成果及び関連資料を用いて評価し、別添のとおりとりまとめた」と、淡々とした調子で締めくくっている。それに続けて「なお」から始まるこの追加文案は、ちゃぶ台をひっくり返して信用を落とすような雰囲気がある。

同じメールでは内閣府が考える4つの問題点も添付されていた。そのひとつは、「防災対策を考える場合、こうした確固としていないものについて、多大な投資をすべきか否か等については慎重な議論が不可欠である」と書かれており、対策コストが増大することを懸念していた。

追加文はその後、内閣府・斎藤氏と地震本部・前田氏の間で何度かのやりとりを経て、「評価には限界があり」や「決定論的に示しているものではない」、「地震発生確率は必ずしも地震発生の切迫性を保証できるものではなく」などの強い言葉を削除して、報告書に盛り込まれた。開示された修文の経緯からは地震本部の抵抗の跡が見える。それでも、当時は長期評価部会長だった元原子力規制委員の島崎邦彦氏は最終文案を見て、「こんな前書きを付けるようなら出さないほうがいい」と抗議した」と、筆者のインタビューで述べている。
Yahoo!ニュース特集 島崎氏インタビュー

地震本部を、単なる学問の場と認識していた内閣府

内閣府の斎藤氏はこのほか、報告書の表題に記載する発表者名に、地震本部と併せて「文部科学省」を入れるよう要求していた。理由は、地震本部の名前だけだと評価結果を防災対策に使わなければいけないという「誤解を与えるおそれ」があり、地震本部は「学術的な観点から実施していることをはっきりさせる」ためだとしている。加えて、総理大臣を会長としている中央防災会議とは「あり様が根本的に異なる」とも主張している。

会長は総理大臣、メンバーは閣僚ということを強調したメール

この考え方は奇妙に見える。地震本部は、阪神淡路大震災の時に、専門家の間では知られていた地震に対する防災対策が十分にできなかったことの反省から、発表された研究や論文などを集約して防災対策にいかすことを目的として設置された政府機関だ。当初は総理府、現在は文科省に設置されている。

地震本部のホームページには「行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし、これを政府として一元的に推進するため」に設置された「政府の特別の機関」と紹介されている。しかし中央防災会議の側は、地震本部を防災対策と切り離し、学問の場と位置付けようとしていたことになる。これを裏付けるように、開示されたメールを見ると、三陸~房総沖長期評価の修文でも最後まで「学術」の二文字を入れるよう要求している。

長期評価について「当方の大臣」が懸念、というメールを送った斎藤氏は筆者の電話取材に対し、「(懸念は)日本海溝、千島海溝に限った話ではない。そこのことを言っているわけでは、まったくない」と断言しつつも、地震本部の長期評価全体に対する村井氏の見方ついては、「懸念というか、とくに活断層がメインだとは思うが、大臣という意味ではそうだったということはなんとなく記憶している」と述べた。

重ねて、長期評価をそのまま発表することについて村井氏が懸念していたのかと聞くと、「(メールに)懸念という言葉を使っているが、懸念というか、確率って非常にわかりずらくて、まあ、懸念と言えば懸念なんですかねえ」と否定はしなかった。

内閣府と地震本部で修文を巡るやりとりがあった3年後の2005年、中央防災会議に設置された「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」は、「三陸〜房総沖長期評価」が指摘していた福島沖の地震で発生する巨大津波を、防災対策の検討対象からはずした。この件は東電の元幹部を強制起訴した刑事裁判でも指摘されており、もし対策がなされていれば原発事故を防ぐことができた可能性があるという証言もあった。

開示されたメール
200207_長期評価公表に係る内閣府から地震本部_文科省へのメール公開用

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木野龍逸

編集プロダクション勤務、オーストラリア在住日本人向けフリーペーパー編集部などを経てフリーに。自動車、環境、エネルギーなどをテーマに取材。福島原子力発電所事故後、東京電力記者会見に精力的に出席し、『検証福島原発事故・記者会見 : 東電・政府は何を隠したのか』(岩波書店)等を出版。

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