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第17回公判傍聴記

間違いの目立った岡本孝司・東大教授の証言

6月15日の第17回公判には、岡本孝司(おかもと・こうじ)・東大教授が証人として出廷した。専攻は原子力工学で、なかでも専門分野は熱や流体の流れ。核燃料からどうやって熱を取り出して発電するかという分野である。

1985年に東大の原子力工学専門課程の修士課程を出て、三菱重工業に入社。もんじゅの設計や製作に携わったのち、1988年に東大助手、2004年から同教授。2005年から2012年まで、原子力安全委員会の原子炉安全専門審査会審査委員、専門委員を務めていた[i]

証言のテーマは

・津波対策の多重化

・原発の規制における民間規格の活用

・津波リスクの確率論的評価

など多岐にわたった。岡本教授は「専門家でないのでわからないですけれども」と何度も前置きしたうえで証言を続けていた。本来の専門ではない分野が多かったせいか、間違いや知識不足が目立った[ii]

◯「津波対策を多重化していた原発は無い」→浜岡は実施ずみ

多重的な津波対策とは、敷地に津波が遡上しないようにする①防潮堤だけでなく、①が破られた後の備えとして、敷地の上に②防潮壁、②扉水密化、③重要機器水密化、④高台に電源車など代替注水冷却設備を置いておく、などの対策をすることだ(図参照[iii])。

弁護人側の宮村啓太弁護士はこう尋ねた。「(事故前に)多重的な津波対策をとっている原子力発電所はありましたか」

岡本教授「残念ながらありませんでした」

これは間違いだ。

中部電力が2008年2月13日に原子力安全・保安院に送った文書[iv]によると、浜岡原発では敷地に津波が遡上した時の対策として、ポンプ予備品の購入、建屋やダクト等の開口に防水構造の防護扉(②)を設置するなど、浸水への対応を進めていた。また、ポンプモーターの水密化(③)、既製の水中ポンプによる代替取水、ポンプ周りに防水壁(②)を設置するなども検討していた。

中部電力は、「津波に対する安全余裕の向上策」として、敷地に浸水した後の多重化対策もやっていたのである。

◯「想定を超えた事態を、十分想像出来ていなかった」?

岡本教授は、「津波が想定を超えたらどうなるか、十分思いが至っていなかった」と述べた。ただし、これは岡本教授の認識であって、東電や規制当局の実際の動きとは異なる。

2006年5月に、保安院と原子力安全基盤機構(JNES)が開いた溢水勉強会で、福島第一原発で敷地より高い津波(押し波)が襲来すると、主要建屋が水没し、大物搬入口などから浸水して全電源喪失に至る危険性があると、東電が報告していた[v]

保安院は、2006年10月6日に、耐震バックチェックに関して全電力会社の関係者を集めてヒアリングを開いた。ここで、保安院の担当者は、津波対応について「本件は、保安院長以下の指示でもって、保安院を代表して言っているのだから、各社、重く受け止めて対応せよ」とし、以下のような内容が伝えられた[vi]

「津波は自然現象であり、設計想定を超えることもあり得ると考えるべき。津波に余裕が少ないプラントは具体的、物理的対応を取ってほしい。津波について、津波高さと敷地高さが数十cmとあまり変わらないサイトがある。想定を上回る場合、非常用海水ポンプが機能喪失し、そのまま炉心損傷になるため安全余裕がない」

また日本原子力学会で津波リスク評価の報告書[vii]をまとめた委員長の宮野廣・法政大教授は以下のように述べている[viii]

「JNESが2007年に、福島第一に津波のような浸水があったらどうなるか、リスク評価をして公表していました。ほとんどの外的事象で、事故が引き起こされる確率は1億年に1回という程度なのに、洪水や津波で水につかった場合に炉心損傷に至る確率は100分の1より大きく、桁はずれに高いリスクが明らかになっていました」

「福島第一は、津波が弱点だとリスク評価で明らかになっていました。ほかの要因に比べて明らかに差があるから、ちゃんと手を打たなければいけない、そういう判断に使えなかったのは非常に残念です」

岡本教授は、溢水勉強会のことについては「存じ上げません」、JNESのリスク評価の発端となったインド・マドラス原発のトラブルについても「細かいところまでは把握していない」と証言していた。この分野の知識が十分でない岡本教授に、そもそも証言する資格があるか疑わしいテーマのように思われた。

◯「バックチェック中、停止する必要は無かった」?

原発を運転しながらバックチェックを進めることについて、岡本教授は「大きな余裕のもと運転がなされている。欧米も運転しながら確認している」と証言した。

原安委と保安院の2003年4月3日打合せ資料の中に、「原子力施設の耐震設計に内在する裕度について」という文書がある[ix]。指針改訂前に設計された原発に、設計値と比べてどのくらいの安全余裕が上乗せされているか検討している。これは揺れについてのみ調べたものだが、「顕在的裕度として最低でも約3倍の裕度があることが(ママ)確認した。また、全ての施設に有すると考えられる潜在的設計裕度を加味すれば、耐震設計に内在する裕度は、それ以上を見込むことが可能であり、一部の施設について行われたNUPEC耐震実証試験における破壊試験からも確認できる」と結論づけていた。

一方、津波に関しては余裕が小さかった。前述したように、保安院は「津波について、津波高さと敷地高さが数十cmとあまり変わらないサイトがある」と説明していた。電事連が2000年に実施した調査では、福島第一は全国の原発の中でもっとも津波に対する余裕が小さいこともわかっていた。土木学会手法による津波想定に0.5%程度の誤差が生じただけで、非常用ポンプの機能が失われる状態だった[x]

検察官役の山内久光弁護士の「もしチェックしたところ、基準を満たしておらず対策が立てられないときは、停止するしかないのですか」という質問に、岡本教授は「おっしゃる通りです」と答えた。

検察官側は、「運転停止以外の『適切な措置』を講じることができなければ、速やかに本件原子力発電所の運転を停止すべきでした」と主張しており、それについては岡本教授も認めた形だ。

◯「民間規格の活用が進んでいた」?

岡本教授は、原子力規制に民間学会の基準を活用することについて「従来は告示をもとに規制していたが、新知見をどんどん取り入れていくのに民間規格を使うようになった」と説明した。

被告人側の宮村啓太弁護士は、だから民間の土木学会が策定した津波想定手法(土木学会手法)を使うのは適切だった、という東電元幹部らの主張を補強しようとしていたように見える。

岡本教授が指摘したように、学会などの民間団体がつくった技術基準を積極的に規制行政に取り入れていく流れはあった。ただし、民間の基準を規制に用いるには以下の要件を満たしていることを規制当局が検証して、エンドース(是認)する手続きを経なければいけない[xi]

  • 策定プロセスが公正、公平、公開を重視したものであること(偏りのないメンバー構成、議事の公開、パブリックコメント手続きの実施、策定手続きの文書化及び公開など)
  • 技術基準やそのほかの法令又はそれに基づく文書で要求される性能との項目・範囲において対応がとれること。

証言ではあいまいにされていたが、土木学会が策定した津波想定方法(土木学会手法、津波評価技術)は、このエンドースを得ていない。だから耐震バックチェックは、土木学会手法を用いればいい、とお墨付きを得たものではない。

保安院も「津波は個別の原発ごとに審査しており、土木学会手法を規制基準として用いていない」と説明していた[xii]

日本電気協会がまとめた指針「JEAG4601-2008」で、「津波水位評価にあたり準用あるいは引用する基準類の適用版は以下による」として、土木学会手法が引用されていたが[xiii]、JEAG4601-2008自体も、エンドースは事故時までにはされていなかった。

土木学会自身も、土木学会手法について「民間指針等とは正確を異にしており、事業者に対する使用を義務付けているものではない」と事故後の2011年4月にコメントを出している[xiv]

というわけで、宮村弁護士の狙いは尻すぼみ気味に終わった印象を受けた。

多重の津波対策(東電報告書から)
東電が2006年5月に報告していた想定外津波の被害予測。「電源設備の機能を喪失する可能性がある」と書かれている。

[i] 岡本教授は茨城県の県原子力安全対策委員会の委員長も務めていた。県に提出された自己申告書によると、2010年〜12年度、日本原子力発電や三菱重工業から寄付金や共同研究費として計約1340万円を受領している。

[ii] 岡本教授が民事訴訟で提出している意見書と共通する問題点である。
添田孝史「間違いだらけの岡本孝司・東大教授意見書」https://shien-dan.org/hamada-201702/

[iii] 東京電力株式会社「福島原子力事故調査報告書」2012年6月20日 p.326から
http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120620j0303.pdf

[iv] 中部電力株式会社「浜岡原子力発電所3,4号機 津波に対する総合的な対策について」 2008年2月13日

[v] 原子力安全・保安院が事故後に公開した溢水勉強会の資料
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3532877/www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2012/05/240517-4.html
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3532877/www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2012/06/240604-1.html

国会事故調報告書 p.84

[vi] 国会事故調報告書 p.86

[vii] 日本原子力学会「原子力発電所に対する津波を起因とした確率論的リスク評価に関する実施基準:2011」2012年2月
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I023395115-00

[viii] 地盤工学会など「活断層が分かる本」 技報堂出版 2016 p.138

[ix] 添田孝史「耐震規制の『落としどころ』をにぎっていた電力会社」岩波科学 2017年4月

[x] 国会事故調報告書p.85

[xi] 原子力安全・保安部会原子炉安全小委員会「原子力発電施設の技術基準の性能規定化と民間規格の活用に向けて」2002年7月22日
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/286862/www.nisa.meti.go.jp/text/kichouka/no7-4.pdf

[xii] 国会事故調報告書p.91

[xiii] 日本電気協会原子力規格委員会「原子力発電所耐震設計技術指針 JEAG4601_2008」p.206

https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000010508082-00

[xiv] 土木学会原子力土木委員会「原子力発電所の津波評価技術」について問い合わせの多い内容と回答
http://committees.jsce.or.jp/ceofnp/node/7

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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