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「全国がん登録」最新データで判明  福島県で6年連続「胃がん多発」

ルポライター・明石昇二郎

大変使い勝手の良くなった全国がん登録データ

 

全国がん登録のデータは、それまではがん患者が亡くならない限り明らかになることのなかった「がん患者多発」の傾向を、がんの発生段階で把握することで異変をいち早く掴み、治療や原因究明に役立てるためのものである。しかし現状は、その力を十分発揮できるまでには至っていない。

代表的な発がん性物質として知られる放射性物質を大量に撒き散らした結果、原発事故の国際評価尺度(INES)で過去最悪の「レベル7」と認定され、環境をおびただしく汚染していた東京電力福島第一原発事故では、被曝による健康被害を受けた人はこれまで一人もいないことにされている。ありえないことであり、実態を把握しようとしていないだけの話である。健康被害は何もがんばかりではないと思われるが、まずは全国がん登録データを積極的に活用していきたい。

全国がん登録のデータは2015年分まで、国立がん研究センターがまとめており、データの公表も同センターのホームページ上で行なわれてきた。それが、2016年分以降の全国がん登録データからは、所管が厚生労働省へと移り、政府統計のホームページで公表されることになった。今年8月現在、2017年分のデータまで公表されている(注)。

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450173&tstat=000001133323&cycle=7&tclass1=000001133363&tclass2=000001133368&tclass3=000001133370

厚労省に移ったことでまず変わったのは、データが公表されるまでのスピードである。国立がん研究センター時代は、およそ3年半遅れで公表されていたのだが、2016年分は昨年10月に、2017年分は今年4月に公表された。公表されるまでの時間が大幅に短縮されたことで、全国がん登録データは医療現場や研究機関、そして報道機関にとって、かなり使い勝手のいいものへと改善されつつある。また、国立がん研究センター時代は紙やPDFファイルで公表されていたのだが、現在では統計処理のしやすいエクセルデータで公表されるようになっていた。

 

6年連続で胃がんが「有意な多発」をする福島県

 

公表された2016年と2017年のデータをもとに、「全国胃がん年齢階級別罹患率」と福島県の同罹患率を比較してみたのが、次の【表1】である。

表1
表1

男女ともにさまざまな年齢層で、全国平均を上回っている年齢階級が散見される。

次に、全国と同じ割合で福島県でも胃がんが発生していると仮定して、実際の罹患数と比較してみる検証を行なった。疫学(えきがく)の手法で「標準化罹患率比」(略称SIR、standardized incidence ratio)を計算する方法だ。全国平均を100として、それより高ければ全国平均以上、低ければ全国平均以下を意味する。

福島県の胃がんについて、2008年から2017年までのSIRを計算してみた結果は、次のとおり。

 

【胃がん】福島県罹患数 SIR

2008年男 1279  88・3
2009年男 1366  94・1
2010年男 1500  101・1
2011年男 1391  92・2
2012年男 1672  110・6
2013年男 1659  110・9
2014年男 1711  119・3
2015年男 1654  116・6
2016年男 1758  116・3
2017年男 1737  120・0

2008年女  602  86・6
2009年女  640  94・2
2010年女  700  100・9
2011年女  736  100・9
2012年女  774  109・2
2013年女  767  109・9
2014年女  729  109・0
2015年女  769  120・3
2016年女  957  139・4
2017年女  778  119・6

国立がん研究センターでは、SIRが110を超えると「がん発症率が高い県」と捉えている。福島県における胃がんのSIRは2012年以降、男女とも全国平均を上回る高い値で推移しており、特に2016年の女性では139・4というひときわ高い値を記録している。

続いて、このSIRの「95%信頼区間」を求めてみた。疫学における検証作業のひとつであり、それぞれのSIRの上限(正確には「推定値の上限」)と下限(同「推定値の下限」)を計算し、下限が100を超えていれば、単に増加しているだけではなく、確率的に偶然とは考えにくい「統計的に有意な多発」であることを意味する。

その結果は【表2】のとおりである。福島県においては12年以降、6年連続で男女ともに胃がんが「有意な多発」状態にあり、それが収まる兆しは残念ながら一向に見られない。

表2
表2

ちなみに、米国のCDC(疾病管理予防センター)では、2001年9月の世界貿易センター事件(同時多発テロ事件)を受け、がんの最短潜伏期間に関するレポート『Minimum Latency & Types or Categories of Cancer』(以下「CDCレポート」)を公表している。これに掲載されている「がんの種類別最短潜伏期間」を短い順に示すと、

 

【白血病、悪性リンパ腫】0・4年(146日)

【小児がん(小児甲状腺がんを含む)】1年

【大人の甲状腺がん】2・5年

【肺がんを含むすべての固形がん】4年

【中皮腫】11年

 

となっている【表3】。このCDCレポートに従えば、胃がんの最短潜伏期間は「4年」である。

表3
表3

つまり、東京電力福島第一原発事故発生から4年が過ぎた2015年以降に胃がんに罹患した福島県民約7600人の何パーセントかは、同原発事故で放出された放射性物質による汚染や被曝で健康被害を受けた人である可能性がある。しかし、そのことに気づいている当事者――被曝者であり、胃がんを罹患した被害者――は、いったいどれほどいるのだろう。

この現実に目をつぶり続け、放置することは、もはや犯罪的でさえある。福島第一原発事故が発生するまでは、福島県民の胃がんSIRは全国平均と同等か、それ以下だったのであり、その〝超過分〟に当たる胃がん患者は原発事故の被害者かもしれないという観点から、実態調査を早急に実施し、その調査結果に基づく〝被害者救済〟が図られることが切に望まれる。

 

もともとは甲状腺がん罹患率が大変低かった福島県

 

続いて、若年層における多発が懸念されている甲状腺がんを検証する。CDCレポートに従えば、その最短潜伏期間は大人で「2・5年」、子どもで「1年」である。

甲状腺がんの年齢階級別罹患率と、それから弾き出した年齢階級別罹患数を【表4、5】として示す。若年層に限らず、20歳以上50歳以下の女性たちでも著しい増加が見られる。

表4
表4

 

表5
表5

甲状腺がんのSIRとその「95%信頼区間」を求めた結果が【表6】だ。2014年の男性と2015年の女性で「有意な多発」状態にある。いずれも、同原発事故が発生した2011年から、甲状腺がんの最短潜伏期間「2・5年」を経過した年である。

福島県の甲状腺がんは減少傾向にあるわけではなく、横ばいか、微増といったところだが、同がんは全国でも増加傾向にあり、そのため福島県の甲状腺がんSIRは相対的に下がってきている。では、いったいどの県で甲状腺がんの罹患率が高くなっているのか。

ところで、これまでの全国がん登録データには、調査の精度が都道府県ごとに異なるという問題があったため、いわゆるランキング形式にして都道府県のSIRを比較することが〝禁じ手〟にされてきた。しかし厚労省に確認したところ、その「精度問題」はようやく解消され、2016年以降のデータであれば都道府県間でSIRを比較することが可能になったという。

そこで、各都道府県の甲状腺がん年齢調整罹患率をもとに、甲状腺がん罹患率の都道府県ランキングを作成してみることにした(【表7、8】)。見ると、福島県から遠く離れた九州地方などで高くなっている。

実を言うと、福島第一原発事故以前の福島県は、男女ともに甲状腺がん罹患率が大変低く、例年、全国平均の推計値を大きく下回っていた(【表6】参照)。

これらの事実から見えてくることは、原発事故後の福島県では、2016年の女性を唯一の例外として、2013年以降は男女ともに甲状腺がん罹患率がいきなり全国平均を上回るようになり、その傾向は最新データである2017年もなお続いている――ということだった。

表6
表6

 

表7
表7
表8
表8

胆のう・胆管がんでも「有意な多発」が続く

 

異常が見られるのは、前立腺がんと、胆のう・胆管がんも同様である。CDCレポートに従えば、これらはいずれも「固形がん」に分類されるもので、最短潜伏期間は「4年」である。

前立腺がんは、2012年の男性で「有意な多発」が確認され、翌2013年に減少に転じて多発状態はいったん解消されたものの、2016年と2017年は再び「有意な多発」が確認された。罹患数も急上昇している(【表9】)。

表9
表9

胆のう・胆管がんは、2010年、2013年、2014年の男性と、2009年、2014年、2015年の女性で「有意な多発」をしていることが確認されていた。最短潜伏期間を経過した2016年と2017年は、男女ともに「有意な多発」をしていた(【表10】)。2015年女性の「有意な多発」にしても、最短潜伏期間を経過してからのことであり、女性においては最短潜伏期間を経過してから3年連続で「有意な多発」が確認されたことになる。

表10
表10

胃がんと同様に胆のう・胆管がん患者も、全国平均の〝超過分〟に当たる人々は原発事故の被害者である可能性がある。しかし、原発事故後の福島県民の健康を管理しているとされる同県の「県民健康調査」では、こうした実態が完全に見逃されている。それが意図的か否かは別として、看板倒れも甚だしいし、まったく頼りにならないと言うほかない。

疫学と因果推論などが専門の津田敏秀・岡山大学大学院教授から、これらのデータへのコメントをもらった。

「福島県内で被曝量の多寡がばらつく中、これだけ明瞭な傾向が見出されているのに、『県民健康調査』を担当している福島県立医科大学は、疫学調査を行ない、事故と種々の悪性腫瘍との因果関係を検証する調査研究をしようとしません。被曝量の大きい人口集団に限った調査を行ない、さらには被曝や事故との関連を明らかにしていくべきでしょう。

また、地域保健法第七条では『保健所は、(中略)地域住民の健康の保持及び増進を図るため必要があるときは、(中略)所管区域に係る地域保健に関する情報を収集し、整理し、及び活用すること』ができるとし、さらには『調査及び研究』を行なうこともできるとされています。福島県の各保健所は、それぞれの所管区域においてしっかりとした調査を行ない、判明した事実を記述し、原発事故や放射線被曝と疾患との因果関係を明らかにするべきです」

福島第一原発事故の発生からすでに9年以上が経過したというのに、同事故によって環境にどんな毒物が撒き散らされたのかも、きちんと明らかにされていない。東電に対して行なわれている多数の損害賠償請求裁判でも、一般市民を被曝させたことにより発生した健康被害の責任は、鬱(うつ)やノイローゼの発症といった精神面の被害を除き、問われていない。そんな現状にかこつけて、被曝によるがん罹患等の健康被害発生の可能性に頬かむりを続ける加害企業・東電の責任は重大である。

福島第一原発事故は「公害事件」なのだという視点の下、国の「公害等調整委員会」(公調委)に対し、被害者の救済を図る道が現在模索されている。科学者や市民運動家ら有志からなる「放射線被曝公調委申立人の会準備会」(事務局長・藤原寿和(としかず)さん)によるものだ。

今こそ、全国がん登録データを活かすべき場面である。でなければ、同データによって明らかになった、福島県における胃がんをはじめとした「がんの有意な多発」が、原因不明の〝風土病〟としてうやむやにされかねない。なにより、このデータを活かさないことで一番喜ぶのは、東電だろう。

【初出:『週刊金曜日』2020年9月11日号に一部加筆】

※レベル7編集部では、福島第一原発事故に伴う健康被害を心配されている方々からの情報提供をお待ちしております。また、救済を希望される方で、「放射線被曝公調委申立人の会準備会」へのご相談をお考えの方は、同準備会をご紹介致します。レベル7編集部(info@level7online.jp)までご連絡下さい。

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明石昇二郎

1987年に青森県六ヶ所村の核燃料サイクル基地計画のルポでデビュー。『朝日ジャーナル』ほか複数の週刊誌や月刊誌などに様々なテーマで執筆。テレビでも活動し、1994年、日本テレビ「ニッポン紛争地図」で民放連賞を受賞。著書に『刑事告発 東京電力―ルポ福島原発事故』(金曜日)ほか。

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