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2008〜2011年、国と東電、貞観津波を葬る

(国の責任を考える その5)

これまでの4回で、東電福島原発事故を防ぐ好機を、原子力安全・保安院が逃し続けた様子をみてきた。まず2002年8月には、福島沖の日本海溝で起きる高い津波を東電に計算させることに失敗した。2006年から2007年にかけては、想定超え津波の対策(津波アクシデント・マネジメント、津波AM)を東電に実施させることができなかった。連載のこの回からは、約1100年前に東北地方を襲っていた大津波「貞観津波」の問題に、保安院として東電に対処させることができなかった「最後の大失敗」について、2008年以降の経過を保安院職員や東電社員らが検察に供述した調書などから明らかにする。

2005年以降、貞観津波の研究が進んだ

869年に発生した貞観地震については、『日本三代実録』に「原野や道路はすべて青海原のようになってしまった」「溺死するものが千余人」などの記述があるものの、津波の高さなどについて数値的なデータはなかった。そのため東電は、福島第一原発の建設当時、この津波を想定していない。

過去の津波の高さや広がりを科学的に調べる手がかりとして、1980年代後半から津波堆積物が注目されるようになった。津波堆積物とは、海岸付近の砂を大津波が内陸まで運び、地層として残された「大津波の物証」である。津波堆積物の分布を調べて、津波を起こした地震の断層の大きさを再現する研究が進み始めていた。

2005年8月に発生した宮城県沖地震(M7.2 最大震度6弱)をきっかけに、産業技術総合研究所(産総研)や東北大学などが、文部科学省の研究費を使って仙台平野周辺で津波堆積物をこれまでにない規模で調べた。

その結果を、2007年10月の日本地震学会で産総研の佐竹健治が発表した[1]。仙台平野には、当時の海岸線から少なくとも1キロから3キロ程度、津波が浸水していた。その津波を起こす断層は、長さ200キロ、幅100キロ、マグニチュードM8.1から8.3程度と考えられた(図1)。

記事5図1貞観波源モデル2007のサムネイル
図1貞観波源モデル2007

その発表は、電力業界にも注目されていた。これまで東電や東北電力が考えていたものより、大きな津波をもたらすことがわかったからだ。

2007年11月、東電の検討対象になる

2007年11月1日に、東電の金戸俊道は、子会社東電設計の久保賀也と、福島第一の津波想定の見直しについて打ち合わせをした。このときのメモ(写真1)[2]には、最新の知見として「貞観地震津波」が挙げられている。また同年11月19日の打ち合わせメモ[3]には、津波バックチェックにおける実施項目として、「⑧869年貞観地震津波 佐竹(2007年 日本地震学会講演予稿集、図−7)による福島県前面海域の地震津波の検討」と書かれている(写真2)。

写真1原子力規制委員会の開示文書

 

写真2 原子力規制委員会の開示文書

久保は「その当時、一番問題になったのは、貞観津波が地震学会とかで発表されるようになってきたので、その辺を新しい知見として検討しないといけないということになりました」と証言している[4]

このころ東北電力は、貞観地震の最新の知見を津波想定見直しに組み入れる作業を着々と進めていた。

2008年3月5日に、電力会社の津波バックチェックに関する打ち合わせが開かれた(写真3)[5]。参加したのは、東京電力の高尾誠をはじめ、日本原電、日本原子力研究開発機構、東北電力の津波想定担当者らだ。メインの話題は、地震本部の長期評価(2002)[6]だったが、この会合で東北電力の担当者は「また、大地震に伴う津波を考慮するという観点から、産総研が発表した貞観津波の波源モデルを用いたパラメータスタディ(貞観津波の波源をJTN3の範囲まで移動させる等)《波源を佐竹の発表より北にずらし、女川により大きな津波をもたらすとして計算する》を行い、女川地点の津波安全性を確認する」と説明していた。

写真3 原子力規制委員会の開示文書

東電の酒井俊朗は、2008年8月18日に部下の高尾、金戸に送ったメール「福島の津波の件」(写真4)[7]で、こう書いている。

写真4 原子力規制委員会の開示文書

「869年の再評価は津波堆積物調査結果に基づく確実度の高い新知見ではないかと思い、これについて、さらに電共研《電力会社の共同研究》で時間を稼ぐ、は厳しくないか?また、東北電力ではこの869年の扱いをどうしようとしているか?」

酒井は、刑事裁判の第8回公判で、このメールの文言について「貞観に関しては、佐竹さんが決定的なモデルを提示したら、それをまた考えますということにはならないので、貞観のほうが時間的に急がないといけないと。この段階では、まだ、佐竹さんがどういう完成形を出すかが分かっていないのでという意味ですけどね」と証言している[8]

2008年11月、東北電力「貞観津波、保安院から指示」

佐竹のモデルは、2007年時点では地震学会で口頭発表された段階だったが、その後、査読を経て論文化された「完成形」[9]が出来上がり、東電はそれを2008年10月17日に入手している。

これは、経済産業省が所管する国立研究開発法人である産総研が、文科省のプロジェクトでまとめた研究成果である。しかし、経産省の「特別な機関」であった保安院が当時、この研究成果をどのくらい知っていたかは、わかっていない。

ただし、ひとつ気になる記録がある。

東北電力の大内一男が、東電の高尾に2008年11月14日に送ったメール(写真5)[10]だ。

写真5 原子力規制委員会の開示文書

【869貞観津波について】
・御社の方針については、理解致しました。
・当社は、先般ご案内申し上げましたとおり、NISA《保安院》からの指示もありBC《バックチェック》報告書には記載することで報告書を完成しております
・当社が記載することについて不都合ありますでしょうか。
記載しないとなりますと、NISA指示もありましたことから明確なロジックが必要と考えており、現時点では、「三陸には津波堆積物が無いことから当社地点への津波検討における既往津波として考慮する必要は無いと判断し」、「伝承等も少なく、検討に際しての不確かさが多い」ことから検討しない・・・といった程度しか考えられず、少々論法が弱いと認識しております。
・従いまして、当社としましては記載する方向としたいのですが如何でしょうか。

 

NISAからの指示もあり」という記述は、国の責任を考える上で、注目すべき点だ。東北電力の田村雅宣も、東京地検の調べにこう供述している[11]。「保安院からも女川原子力発電所の耐震バックチェックにおいて、貞観津波について言及するよう指示を受けていたので、その学会発表《佐竹による2007年地震学会発表》に基づいた貞観津波の津波水位について言及する方針としていました」。

 

保安院の誰が、いつ、バックチェックで貞観津波を想定すべきだと東北電力に指示を出していたのか、わかっていない。そして、福島第一も貞観津波の影響を受けるのに、保安院が東電には指示を出していない理由も不明だ。

大内がメールで言及していた、貞観津波を盛り込んで2008年11月の時点で完成させていた東北電力の津波報告書は、東電に都合の悪いものだったため、東電が圧力をかけて佐竹の論文データなどを削除させ、貞観地震が目立たないように書き換えさせている。その詳細は別稿[12]で述べたので、そちらを参照してほしい。

 

(続く)(敬称略、《》は筆者注、太字は筆者による)

 

[1] 佐竹健治ほか 869年貞観津波の波源モデル ―仙台・石巻平野の津波堆積物分布と浸水シミュレーションに基づく 2007年地震学会秋季大会予稿集 p.126

https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000089758-00

[2] 金戸俊道(東電社員) 東京地裁の刑事裁判第18回公判(2018年6月20日)証人尋問時に示された証拠 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 丙B270号証の3 これの資料3 開示されたPDF p.9)近日レベル7で公開

[3] 上と同じ開示文書の資料4 開示されたPDFp.10,11

[4] 久保賀也(東電設計社員) 東京地裁の刑事裁判第4回公判(2018年2月28日)証人尋問調書 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 甲ロ第193号証 これのp.8 (開示されたPDFのp.19))近日公開

[5] 高尾誠(東電社員)に示す証拠一覧表 資料65 東京地裁の刑事裁判公判の証人尋問時に示された証拠 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号甲B第268号証の4 (PDFファアイルのp.104))

https://database.level7online.jp/items/show/63

[6] 連載1を参照

2002年8月 国と東電、福島沖の「津波地震予測」を葬る

 

[7] 高尾誠(東電社員)に示す証拠一覧表 資料130 東京地裁の刑事裁判公判の証人尋問時に示された証拠 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号甲B第268号証の4 (PDFファアイルのp.226))
https://database.level7online.jp/items/show/63

[8] 酒井俊朗(東電設計社員) 東京地裁の刑事裁判第8回公判(2018年4月24日)証人尋問調書 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 甲269号証の1 PDF ファイルのp.97)近日公開

[9] 佐竹健治ほか「石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション」活断層・古地震研究報告 No.8,p.71-89,2008

https://www.gsj.jp/data/actfault-eq/h19seika/pdf/03.satake.pdf

[10] 高尾誠(東電社員)に示す証拠一覧表 資料151 東京地裁の刑事裁判公判の証人尋問時に示された証拠 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号甲B第268号証の4 (PDFファアイルのp.252))
https://database.level7online.jp/items/show/63

[11] 東京地検 田村雅宣(東北電力社員)供述調書 2012年12月21日 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 甲C第220号証 PDF p.26)近日公開

[12] https://level7online.jp/2019/%e6%a4%9c%e5%af%9f%e8%aa%bf%e6%9b%b8%e3%81%8c%e6%98%8e%e3%82%89%e3%81%8b%e3%81%ab%e3%81%97%e3%81%9f%e6%96%b0%e4%ba%8b%e5%ae%9f/

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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