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第37回公判傍聴記

爆発からちょうど8年目の結審。語らなかった勝俣元会長ら

2019年3月12日、東京地裁で第37回公判が開かれた。ちょうど8年前、東京電力が福島第一原発1号機を爆発させた日でもある。

被告人側の最終弁論があり、この日で結審した。永渕健一裁判長は、判決を半年後の9月19日に言い渡すと述べた。

公判の最後に、被告人3人はひとりずつ証言台に立って意見陳述をした。

勝俣恒久・元会長(78)
「申し上げることはお話しました。付け加えることはございません」

武黒一郎・元副社長(72)

「特に付け加えることはありません」

武藤栄・元副社長(68)
「この法廷でお話ししたことに、特に付け加えることはありません」

膨大な量の放射性物質を発電所の外に撒き散らし、今も山手線の内側の6倍の面積に人は住めない。何万人もの人たちは8年たっても故郷に戻ることができない。民間のシンクタンクは、後始末に最大81兆円かかると予測する[1]。そんな史上最大の公害事件を引き起こした被告人たちの最後の発言としては、あまりに素っ気なかった。

被告人らが法廷から出る間際、傍聴席からは
「勝俣、責任とれ」
「恥を知りなさい」
と怒号が飛んだ。

「東側から全面的に遡上する津波」は予見できなかった?

この日の主役は、武藤氏の弁護人、宮村啓太弁護士だった。午前10時から午後4時ごろまで、パワーポイントも使いながら最終弁論を読み上げ続けた。

宮村弁護士が力を入れて主張したのは、次の点だ。政府の地震本部が2002年に予測した津波地震の津波(長期評価による津波)は、敷地南で津波高さが最も高くなる。一方、311の津波は東側から全面的に津波が遡上した。津波の様子が異なるので、長期評価の予測に対応していたとしても事故は防げなかったというのだ。

具体的には、長期評価による津波の高さが敷地(10m)を超えるのは敷地南側など一部だけなので、対策は、そこだけに局所的に防潮堤を作ることになったはずだという(図1)。一方、311の時は敷地東側から全面的に津波が遡上したので、その防潮壁で事故は防げないという理屈である。

図1_敷地の一部だけに設置する防潮壁

 

しかし、宮村弁護士の主張は、刑事裁判の中で明らかにされてきたいくつもの証拠と矛盾している。

津波の発生場所が変われば、それによって敷地のどこに高い津波が集中するかも変わってくる。一部だけに高い防潮堤を作ることは工学的に不自然で、保安院の審査は通りにくい。

たとえば2008年には、長期評価とは異なる位置で発生する津波が、東電社内で大きな問題になっていた。「敷地一部だけに防潮壁を作る」では通用しないことは、東電には、すでにわかっていたはずである。

それは貞観地震(869)による津波だ。貞観地震は、津波地震より陸側で発生し、大きな津波を福島第一原発周辺にもたらしていた証拠が2000年代後半に続々と見つかっていた。

地震の大きさは起きるたびにばらつくので、対津波設計では、869年に実際に発生したもの(既往最大)より2割から3割程度余裕を持たせて想定することを、土木学会が定めていた。それに従えば、貞観地震の再来を想定すると、1号機から4号機の東側から全面的に敷地を超えてしまうことがわかっていた(グラフ)[2]

図2_東北電力がバックチェック報告書に入れていた貞観津波の波源域

東電にとっては、さらに都合の悪いことがあった。東北電力は、耐震バックチェックの報告書に貞観地震も取り入れ、2008年11月にはすでに完成させていたのだ(図2)。それが保安院に提出され、「では東電は貞観津波に耐えられるのか」と問われると、10mの敷地を超えて炉心溶融を起こすことが露見してしまう。

東電は、2008年10月から11月にかけて、繰り返し、しつこく東北電力と交渉して、その報告書の記述を自社に都合の良いように書き換えさせた。その記録も刑事裁判は明らかにしている。

宮村弁護士の主張は、被告人らに都合の悪い証拠には全く触れず、反論もできていない。東電の主張する「東側から全面的に遡上する津波は予見できなかった」というのは、真っ赤な嘘なのである。

東側から全面的に遡上する津波がすでに予測されていたからこそ、それを消し去ろうと、東北電力の報告書まで書き換えさせていたのだ。

グラフ_各号機前面で予測された津波高さ

 

土木学会手法の位置付け

宮村弁護士は、「長期評価をとりこむかどうか、土木学会で審議してもらうのは適正な手順である」「合理的だ」という従来の主張も繰り返した。

これにしても、なぜ合理的なのか、説得力のある根拠は示されなかった。すでに述べたように東北電力は、土木学会の審議を経ることなく、貞観地震を想定に取り入れ、2008年11月にはバックチェック報告書を完成させていた。日本原電東海第二発電所も、土木学会の審議を経ることなく、地震本部の予測を取り入れて2008年以降、津波対策を進めていた。

「土木学会の審議を待つ」としたのは、東電だけだったのだ。それがなぜ合理的で、他の会社は不合理なのか、宮村弁護士の説明からはわからなかった。

指定弁護士は「土木学会に検討を委ねるという武藤被告人の指示は、津波対策を行うことを回避するための方便に他なりませんでした」と昨年12月26日の論告で厳しく指摘している。宮村弁護士は、「土木学会に委ねるのは決して誤りではない」と繰り返したが、指定弁護士の論告に十分答えられていないように見えた。

山下調書を巡る批判

東電社内での意思決定過程については、第24回公判で読み上げられた山下和彦・新潟県中越沖地震対策センター所長の調書が詳しかった。ところがこの内容について、宮村弁護士をはじめ、武黒一郎氏や勝俣恒久氏の弁護士は、口をそろえて「信用できない」批判した。

山下調書では
1)地震本部が予測した津波への対策を進めることは、2008年2月から3月にかけて、東電経営陣も了承していた。「常務会で了承されていた」と山下氏は述べていた。
2)いったんは全社的に進めようとしていた津波対策を先送りしたのは、当初は7.7m程度と予測されていた段階のことだった。それが15.7mという予測値が出されてから、対策がとても難しくなった。対策に着手しようとすれば福島第一原発を何年も停止することを求められる可能性があり、停止による経済的な損失が莫大になるから先送りが決められた。

と述べられている。

山下調書を裏付ける社内の電子メールや会合議事録などが多く存在する。それにもかかわらず、被告人側の弁護士は、自分たちの主張と矛盾するそれらの証拠については無視し、説明しないままだった。

指定弁護士コメント、記者会見

最終弁論について、被害者参加制度による遺族の代理人である海渡雄一弁護士は「ひと言で言えば、自分に都合の悪い証拠は全部無視して見ないことにし、都合の良い証拠と証言だけを抜き出して論じたものだといえる。そして、その内容はこれまでの公判をみてきた者には到底納得できない荒唐無稽なものである」としている[3]

指定弁護士は、以下のような声明を発表した[4]

「弁護人の主張は、要するに東側正面から本件津波が襲来することを予見できず、仮に東電設計の試算結果に基づいて津波対策を講じていたからといって、本件事故は、防ぐことはできなかったのだから、被告人らには、本件事故に関して何らの責任はないという点につきています。

何らかの措置を講じていればともかく、何もしないで、このような弁解をすること自体、原子力発電所といういったん事故が起きれば甚大な被害が発生する危険を内包する施設の運転・保全を行う電気事業者の最高経営層に属する者として、あるまじき態度と言うほかありません」

公判で明らかにされた多くの証拠や証言をどう考えるのか説明せず、「予見は未成熟だった、信頼性がなかった」という冒頭陳述と同じ主張を繰り返すだけで被告人らは逃げ切ろうとしている。そのありさまを、東京地裁はどのように判断するのだろうか。

[1] 事故処理費用、40年間に35兆〜80兆円に 日本経済研究センターhttps://www.jcer.or.jp/policy-proposals/2019037.html

[2] 福島第一・第二原子力発電所の津波評価について 2011年3月7日 東京電力
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9483636/www.nsr.go.jp/archive/nisa/disclosure/kaijiseikyu/files/44-1.pdf

[3] 海渡雄一弁護士の反論
https://shien-dan.org/20190312-kaido/

[4] 指定弁護士の声明
https://shien-dan.org/20190313-statement/

 

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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