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第38回公判傍聴記

無罪判決を受けて記者会見する検察官役の石田省三郎弁護士(左から2番目)=東京の司法記者クラブ 木野龍逸・撮影

「無罪」 証拠と矛盾多い忖度判決

有罪は厳しいかもしれない、という予想はあった。しかし刑法上の責任を問うのが難しい結果になるとしても、ここまで判決内容が腑に落ちないものになるとは想像していなかった。唖然とした。

開廷は2019年9月19日、午後1時15分。永渕健一裁判長は「被告人らはいずれも無罪」と言い渡し、それから午後4時半ごろまで、休憩を挟んで約3時間にわたって、とてもメモを取りきれない早口で判決要旨を読み上げ続けた。

読み上げを聞いていると、「あの証拠と矛盾している」「そこまで言い切る根拠はどこにあるの」「なに言ってんだ、それ」という疑問が次から次へと頭に浮かんできた。この裁判では、証言だけでなく、電子メールや議事録など、事故を読み解く豊富な証拠を集めていたはずだ。よい素材はあったのに、どうしたこんなまずい判決になったのだろう。
検察官役の指定弁護士を務める石田省三郎弁護士は「国の原子力行政を忖度した判決だ」と記者会見で語気を強めた。

判決要旨を聞いて浮かんだ以下の疑問点を整理しておきたい。

・事故を避ける手段は、運転停止だけなのか

・「他社や専門家の意見を聞き、必要な対応を進めていた」?

・「外部から東電の対策について否定・再考の意見は出ていない」?

・「長期評価は取り入れるべき知見と考えられていなかった」?

・ずさんな確率計算で長期評価の信頼性を語る愚策

・原電と東電、どちらが合理的だったのか

事故を避ける手段は、運転停止だけなのか

判決要旨では、「本件事故を回避するためには、本件発電所の運転停止措置を講じるほかなかった」(p.13)としているしかし、日本原子力発電が、東海第二原発で建屋への浸水防止、海沿いの盛り土などの工事に2008年に着手し、震災までに終えていた[1]。日本原電の元幹部は、NHKの取材にこう述べている[2]
「もし津波のリスクがあるなら、事前に対応しておいて万一津波が来ても、大丈夫なようにしておきたい」
「長期評価などをもとに、津波がいつかくるというリスクは社内で共有されていたと思う。まずはできる対策をとっていき、大規模な工事は今後順次やっていけばいいという考えだった」

東電も、運転停止しなくても、「まずはできる対策」から着手することは可能だったはずだ。

もともと、原子力安全・保安院が2008年9月に各電力会社に要請した耐震バックチェックは、従来想定を超える新知見があった場合でも運転停止は必要とされていない。運転しながら、3年以内に補強工事を終えることを求めていた。「新知見が見つかれば、即運転停止して対策工事」のような、強い結果回避策は、社会通念上も要求されていなかった。

判決のこの点については、識者からも意見が多くだされている。

山本紘之・大東文化大教授「事故を防ぐためには原子炉停止が必要だったとして有罪認定のハードルを不必要にあげている点にも疑問が残る」(東京新聞2019年9月20日朝刊2面)

松宮孝明・立命館大教授「事故を回避する方策として、影響が大きい運転停止だけを検討した点は疑問が残る」と語り、他の対策も認めれば、「予見可能性のハードルは相当低くなっていたはずだ」(朝日新聞2019年9月20日朝刊2面)。

大塚裕史・明治大教授「事故回避の措置として指定弁護士は原発の運転停止の必要性に焦点を当てたが、実行するのは簡単ではなく、有罪のハードルを高めたといえる。控訴するのであれば、運転停止以外の対策でも事故を防げたと立証できるかが、カギとなるだろう」(読売新聞2019年9月20日朝刊38面)

「他社や専門家の意見を聞き、必要な対応を進めていた」?

「安全対策でも適宜社内で検討し、他社や研究者から意見を聴き、行政の考えも踏まえた上で必要と判断される対応を進めていた」(判決要旨p.23)

しかし、実態は「意見を聴き」ではなく、「東電が決定した方針を了承させる根回し」だったことは、議事録や電子メールで明らかになっている。

たとえば、東電の高尾誠氏が秋田大高橋先生に面談した時のメモには、以下のように書かれていた。
「長期評価の見解を今すぐ取り入れないなら、その根拠が必要でないかとのコメントがあった」
「非常に緊迫したムードだったが、(東電の方針を)繰り返し述べた」[3]
こんなやりとりを、「意見を聴いて必要と判断される対応を進めた」とする裁判所はおかしいだろう。

東電は、東北電力が貞観津波の想定を進めていることを聞き、東北電力に圧力をかけて、その報告書を書き換えさせた事実もわかっている[4]。裁判所は、こんな悪質な方法も「必要と判断される対応」と考えているのだろうか。

東海第二で津波対策を進めた日本原電の元幹部が、NHKの取材に対して興味深い証言をしている[5]

「他の電力のことも考えながら対策をやるというのが原則でして。東京電力とかに配慮をしながら、物事をすすめるという習慣が身についている。対策をやってしまえば、他の電力会社も住民や自治体の手前安全性を高めるため対策をとらないといけなくなる。波及するわけです。だから気をつけている」。東電の無策が福島の地元にばれてはいけないから、日本原電は、東電が先延ばしした長期評価津波への対策を、こっそり進めていたというのだ。

「外部から東電の対策について否定・再考の意見は出ていない」?

「東京電力の取ってきた本件発電所の安全対策に関する方針や対応について、行政機関や専門家も含め、東電の外部からこれを明確に否定したり、再考を促したりする意見が出たという事実も窺われない」(判決要旨p.24)

外部から意見を言う前提には、東電の安全対策に関わる情報が開示されている必要がある。ところが、東電は高さ15.7mの津波計算結果(2008年)、高さ10mを超える津波は炉心溶融を引き起こすこと(2006年)など、重要な情報をずっと隠していた。

専門家といっても、詳しい領域は限られている。地震や津波の専門家は、対策の専門家ではない。津波想定が10mを超えるとクリフエッジ的に被害が一気に拡大するという情報を持っていない。逆に、対策の専門家(プラントの機電側)は、従来想定を超える高い津波を地震学者がすでに予測していることを知らなかった。そんな状況で、東電の安全対策を否定したり、再考を促したりすることは不可能なのだから、「専門家から意見が出たという事実は窺われない」という判決の指摘は的外れだ。

保安院は2006年ごろ、東電と日本原電を名指しで「津波想定の余裕がない」「ハザード的に厳しい地点では弱い設備の対策を取るべきなど、厳しい意見が(保安院やJNESから)出ている」として対策を促していた[6]。行政機関から意見は出ていたのだ。その後、日本原電は対策をしたが、東電は先延ばしを続けた。

「長期評価は取り入れるべき知見と考えられていなかった」?

「長期評価の見解は、本件地震発生前の時点において、他の電力会社がこれをそのまま取り入れることもないなど、原子炉の安全対策を含む防災対策を考えるに当たり、取り入れるべき知見であるとの評価を一般に受けていたわけではなかった」(p.30)

国の研究開発法人である日本原子力研究開発機構は、東海再処理工場の津波想定で、長期評価の見解そのままを「採用する」(2008)としていた[7]。日本原電は、「そのまま」ではなく日本海溝沿いの北部と南部で地震の規模を分けたものの、前述のように長期評価の見解にもとづく対策工事を実施した。

土木学会津波評価部会も、2009年以降進めていた津波評価技術の改訂作業で、「日本海溝沿いのどこでも津波地震が起こりうる」という長期評価の考え方を取り入れようとしていた。

判決の指摘は、まったく的外れだ。

ずさんな確率計算で長期評価の信頼性を語る愚

「1〜4号機の津波ハザード曲線は、10mを超過する確率が10万年に1回よりやや低い頻度にとどまっており、これは通常設計事象としてとりこむべき頻度であるとまでは必ずしも考えられていない。津波ハザード解析の結果も、長期評価の信頼性が高いことを示していたとは言えない」(p.31)

この津波ハザード解析は、津波評価部会メンバー(約半分は電力社員、地震の専門家はごく少数)へのアンケート結果をもとにしているから、その結果には限界がある。JNESが震災後に計算しなおしたら、一桁違う値が出ている[8]。この程度の根拠しかない数値を根拠に長期評価の信頼性を判断するのは暴論だ。

原電と東電、どちらが「合理的」だったのか

「法の定める安全性は、どのようなことがあっても放射性物質が外部に放出されることは絶対にないといったレベル、あるいはそれとほぼ同じレベルの、極めて高度の安全性を言うものではなく、最新の科学的、専門的知見を踏まえて、合理的に予測される自然災害を想定した安全性であって、そのような安全性の確保が求められていたものと解される」(p.36)。

「被告人3名がそれぞれ認識していた事情は、津波の襲来を合理的に予測させる程度に信頼性、具体性のある根拠を伴うものであったとは認められない」(p.39)

「合理的に予測される」と考えたからこそ、日本原電や東北電力は、地震本部の長期評価や貞観地震への備えを進めたのだろう。東電もどちらかの地震を想定すれば、10mを超える津波への対策をしなければならなかったが、二つとも先送りし、大事故を引き起こした。

地震本部の長期評価にもとづく高い津波を想定し「万一に備えて」「できることから」対策を進めた日本原電。一方、2016年まで先送りすることにして事故時まで何も対策しなかった東電。どちらが「合理的」だったと裁判所は考えているのだろう。日本原電や東北電力の備えは「極めて高度な安全性」を求めた過剰なもので、運転停止どころか簡単な対策さえもしなかった東電こそが「合理的」とでも言うのだろうか。

 

[1] 第23回公判(2018年7月27日) 日本原電で津波対策を担当していた社員の証言
https://level7online.jp/2018/第23回公判傍聴記/

 

[2] WEB特集東電裁判“見えた新事実”https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190920/k10012091781000.html?fbclid=IwAR0oUZIQqx4zR_syVUZlJSXjgTalGUMLJbC3Yujrfb8PfxNoHfZ0_Q7iCi0

 

[3] 第6回公判(2018年4月11日)

https://level7online.jp/2018/第6回公判傍聴記/

[4] https://level7online.jp/2019/検察調書が明らかにした新事実/

 

[5] WEB特集東電裁判“見えた新事実”https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190920/k10012091781000.html?fbclid=IwAR0oUZIQqx4zR_syVUZlJSXjgTalGUMLJbC3Yujrfb8PfxNoHfZ0_Q7iCi0

 

[6] 原子力安全・保安院 小野祐二氏の調書(刑事裁判甲B75)

[7] https://level7online.jp/2019/jaea、「明治三陸型」大津波を茨城沖で想定してい/

 

[8] 国会事故調報告書p.93
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3514603_po_naiic_honpen.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

 

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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