ファクトチェック

「事故前、対策をとるべきだと伝えていた」専門家証言

東電株主代表訴訟、証人尋問始まる

福島第一原子力発電所の事故によって東京電力が被った損害について旧経営陣の責任を問う株主代表訴訟で、2月26日から証人尋問が始まった。7月まで5回の期日で、専門家4人と勝俣恒久・東電元会長ら被告の役員5人が東京地裁で証言する。

この日証言台に立ったのは、貞観地震(869年)の起こした津波について研究してきた産業技術総合研究所の岡村行信・名誉リサーチャーだった。岡村氏は、古い原発の耐震安全性を検討するために原子力安全・保安院が事故前に設けていた審査会のメンバーだ。

岡村氏の証言で、これまで知られていなかった二つの重要な事実がわかった。一つは、事故前に「津波対策が必要だ」と専門家が東電に指摘していたこと。もう一つは、専門家から「対策が必要」と言われたにもかかわらず東電は保安院に報告せず、それどころか「専門家から東電の方針《対策先送り》に特段コメントはなかった」と嘘を伝えていたことだ。

岡村氏「調査より先に対策必要と言った」

原告側の甫守一樹弁護士が岡村氏に、事故前、東電とどんなやりとりがあったのか尋ねた。

 

甫守「証人は、東京電力の社員に対して、貞観津波に対して考慮すべきかどうか、ご意見、助言をされたことがありますか」

岡村「最初は、津波堆積物調査をします、といって来られたのですけれど、今から調査をしても無駄だと。先に対策した方がいいですと

甫守「証人は、貞観津波について、福島第一原発、第二原発で対策をすべきだと、そういうふうにおっしゃったわけです」

岡村「そうですね」

甫守「調査をするよりも先に対策をすべきだという趣旨ですか」

岡村「そうですね。東電の調査で、すでに産業技術総合研究所が出していたモデルを打ち消すことはできないので、少なくともそれを考慮した対策は必要なんじゃないですかということは言いました」

 

原子力規制庁によると、東電が岡村氏を訪ねてきたのは事故の2年前、2009年7月から8月にかけての3回だったらしい。東電に対して「津波対策が必要だ」と指摘していた事実は、事故から10年もたって初めて明らかにされた。その証言に、法廷内は少しざわめいた。

東電元幹部の刑事裁判の判決で、東京地裁は無罪の理由の一つに「東京電力の取ってきた本件発電所の安全対策に関する方針や対応について、行政機関や専門家を含め、東京電力の外部からこれを明確に否定したり、再考を促したりする意見が出たという事実も窺われない」ことを挙げていた[1]。それは誤りだったわけだ。

東電は、専門家に面談した時は、通常は詳しいやりとりの記録を残している。東北大・今村文彦教授、東京大・阿部勝征名誉教授、秋田大・高橋智幸准教授らとの面談記録がすでに裁判の証拠として採用されている。ところが岡村氏との面談記録だけは、原告側の再三の要求にもかかわらず提出を拒んでいる。都合の悪い内容なのだろう。

東電、保安院に嘘を伝える

この証言から、東電は保安院に嘘を言っていたこともわかった。

東電は岡村氏を訪ねた後、2009年9月7日に保安院の小林勝・耐震安全審査室長に、東電の貞観津波への対処方針を説明している。以下のような内容だった。

岡村氏の所属する産総研のチームによる研究論文(2008)の波源モデルによれば、貞観津波の高さは、福島第一原発の地点では約9m弱になる。しかし論文で「さらなる調査が必要」としていることから、バックチェック(2009年締め切り)は従来の想定(5.7m)で進める。今後、東電自ら津波堆積物調査を実施し、その結果を踏まえて土木学会に貞観津波の評価を依頼する。貞観津波は、バックチェックとは切り離して別に検討する。

土木学会の審議は2012年までかかるので、事実上の対策先送りだった。

そして、ここが問題だ。東電は前述の方針について「専門家の了解も得られている」と保安院に説明していた(小林室長の検察への供述)。東電がこの日、保安院に渡した「福島地点の津波評価に関する専門家への相談結果」[2]には、岡村氏ら5人のコメントが載せられている。岡村氏の欄には「福島地点の津波評価方針に特段コメントなし」と書かれている。「調査より先に対策が必要」と岡村氏は言っていたのに、東電に異議を唱えていなかったかのように変えられてしまっているのだ。

東電が2009年9月7日に保安院に渡した「福島地点の津波評価に関する専門家の相談結果」の岡村氏に関する記述。最後の行に「福島地点の津波評価方針に特段コメントなし」と書かれている。

 

研究成果が積み上がっていた貞観地震

東電がこの時期に何度も岡村氏を訪ねたのには理由があった。
2009年6月24日、古い原発の耐震性が当時最新の基準に適合しているか審査する(バックチェック)専門家会合[3]が開かれた。貞観地震を東電が想定していないことを、岡村さんは何度も厳しく指摘した。

「《東電の想定とは》全く比べ物にならない非常にでかいもの《津波》がきているということはもうわかっている」

「震源域としては、仙台の方だけではなくて、南までかなり来ていることを想定する必要はあるだろう、そういう情報はあると思うんですよね。そのことについて全く触れられていないのは、どうも私は納得できないんです」

貞観地震は、平安時代(869年)に宮城から福島沖で発生した大地震だ。古文書にわずかに記述が残されているだけで地震の実態はよくわかっていなかった。2005年8月に宮城県沖でM7.2の地震が発生したのをきっかけに、文部科学省が大学や産総研などに委託し、研究が一気に進んでいた[4]

貞観津波の断層モデル 東電が2011年3月7日に保安院に提出した資料から https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9483636/www.nsr.go.jp/archive/nisa/disclosure/kaijiseikyu/files/44-1.pdf

その成果から、東電自身も、貞観地震の津波は福島第一原発の敷地を上回る可能性があるという計算結果を2008年11月には知っていた。しかし対策は時間がかかりそうだった。そこで前述のように土木学会を使って先送りする方針を2008年11月13日に吉田昌郎・原子力設備管理部長(2010年6月から福島第一原発所長)を筆頭とする社内会議で決め、その方針を保安院の審査や土木学会の審議に関わる専門家に根回ししていた。

ところが岡村氏は東電の根回しリストから漏れていた[5]。そのため審議会で貞観地震の問題を公にされてしまったわけだ。あわてて東電の社員は岡村氏を再三訪ね、東電の方針を説明したものと思われる。しかし岡村氏は、東電の根回しを受け入れなかった。困った東電は保安院に「専門家の了解は得た」と嘘をついたのだろう。

残された謎

東電は2002年8月にも、自社に都合の悪い専門家の意見をねじ曲げて保安院に伝えている。津波評価の重大な局面で、嘘の情報を伝えることを繰り返してきたようだ。

ただし保安院の動きにも不可解な点が残る。2008年時点では、保安院は東北電力に貞観津波を想定に入れるように指示していた。ところが、2009年9月には、東電の嘘もあったが、あっさり貞観津波の対策先送りを認めている。

東電は国策であるプルサーマル[6]を福島第一原発で進めるための議論再開を2009年6月、福島県に求めていた。「《貞観津波の検討をすると》評価が間に合わなくなった場合に、プルサーマルを推進する立場の資源エネルギー庁等から非難される可能性がありました」と保安院の森山善範審議官は検察に供述している。

東電の嘘は、プルサーマル推進のためには貞観津波の評価を避けたい保安院にとっても都合の良いものだった。保安院内で貞観津波への対応が先送りされた詳しい意思決定過程は、まだわかっていない。

 

肩書きは当時のもの。引用文中の《》は筆者による補足である。

 

[1] 判決要旨 p.24
https://shien-dan.org/summary-20190919/

[2] https://level7online.jp/?p=3048
この開示文書の20ページ目。専門家の名前は墨塗りしてあるが、株主代表訴訟に提出された同じ文書は墨塗りがなく、それによると上から3人目が岡村氏である。

[3] 総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会 耐震・構造設計小委員会 地震・津波、地質・地盤合同WG(第32回)議事録
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9498833/www.nsr.go.jp/archive/nisa/shingikai/107/3/032/gijiroku32.pdf

[4] https://www.jishin.go.jp/database/project_report/miyagi_juten/

 

[5] 東電土木調査グループの酒井俊朗グループマネジャーは、岡村氏が東電の貞観地震想定の不備を指摘した審議会の約2時間後に、以下のようなメールを東電の武黒一郎副社長、武藤栄常務、そのほかバックチェック業務に関わる社内の土木、建築、機電の関係者計約20人に送っている。
「岡村委員から、プレート間地震で869年の貞観地震に関する記載が《東電のバックチェック中間報告に》ないのは納得できない、とコメントあり。(中略)津波評価上では《土木》学会でモデルの検討を行ってから対処する方向で考えていた地震。その方向性でよいことは津波、地震の関係者にはネゴしていたが、地質の岡村さんからコメントが出たという状況」

[6] 原子力発電所の運転で核廃棄物として排出されるプルトニウムを核燃料のウランに混ぜて再び原発で燃やすこと

タグ
もっと表示

添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

関連記事

Close