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「事故を避けるのは簡単だった」 専門家2人の証言

福島第一原子力発電所の事故で東京電力が被った被害について、当時の経営者たちの責任を問う株主代表訴訟で、今年(2021年)2月26日と4月16日に開かれた証人尋問では、具体的にどんな対策で事故を避けることができたか、2人の専門家が説明した。2人は「すでに確立された簡単な水密化などで事故が回避できた」と証言。これに対し、被告側の弁護士は「手続きや工事に時間がかかり間に合わないのではないか」などと問い質したが、証言の信憑性を切り崩せていなかったように感じられた。

対策「ありふれた、安定した技術で可能」

渡辺敦雄氏は1971年に東芝に入社。原子力事業部に約20年間所属し、福島第一3号機や5号機の基本設計に携わった。

渡辺氏は、電源設備を水密化すれば電源喪失は防ぐことができて、メルトダウンやメルトスルーは避けられたと説明。原告側弁護士の「水密の技術というのは完成された技術で、ありふれた技術ですか」という問いに、「その通りです」と答えた。「水密扉というのは、例えば潜水艦を見ればわかるんですけど、もう50年以上の歴史を持っていまして、非常に簡単にできる。水密扉を設計している人たちにとっては、いわゆる安定した技術」と述べた。

 

渡辺氏が挙げた電源設備を守る具体的な方法は、以下の3つだ。

1.電源設備がある建物の敷地に水が入らないように、敷地の周囲に防潮堤を建築する。
2.電源設備がある建物に水が入らないように、建物全体を水密化する。
3.電源設備がある部屋に水が入らないように、水密化する。

 

そして3番目の、電源設備のある部屋だけ水密化する方法が「設計が楽」「もっとも短時間で確実」と説明した。

例えば1号機のタービン建屋1階の電源盤がある電気品室について見てみる(写真1、写真奥のシャッターに「大物搬入口」という文字が見える)[1]。この部屋には、タービン建屋の海側に面した大物搬入口(写真2)[2]から主に浸水し、部屋の中は約93〜110㎝、水に浸かった(図1)[3]

写真1 1号機電気品室 (出典:東京電力ホールディングス)
写真2 大物搬入口
図1 1号機1階平面図

大物搬入口は水密化されていなかったにもかかわらず、建屋内への津波の侵入を相当程度、防いでいた。大物搬入口のすぐ外側の浸水高は約4mあったと推定されている(図2)[4]。しかし建屋内の水位は約1mだ。意外なことに、あれだけの津波に襲われても、建屋の中にはこれだけしか入っていなかったことがわかる。電気品室を守るためには、この1m分にだけ対応すれば良い。

図2 福島第一の浸水状況計算結果

2号機の地下一階(床面は海抜1.9m、写真3)[5]を見ても、水に浸かっているのは1m程度にすぎない(図3)[6]

写真3 2号機地下電源室 (出典:東京電力ホールディングス)
図3 2号機地下1階平面図

海抜15.5mまで津波が浸水したのだから、地下1階は天井まですっかり水没し、15.5m分の水圧がかかっていたのだと考えがちだが、実際の浸水は1mほどだったのだ。電源設備を守るには、この「1m分」への対策を考えれば良いことになる。

また、渡辺氏が「設計が楽」と言ったのは、電源設備のある部屋の水密化を考える時には、津波や、津波によって運ばれる漂流物が「ぶつかる力」を考慮する必要がないためだ。

海に直接面している大物搬入口を水密化するためには上記のような「ぶつかる力」を考慮しなければならないが、建屋内側にある部屋の水密化では、静かに上昇する津波水位だけを考えればいい。

また、建屋や部屋の水密化について東電の関係者は設計施工に最大2年半かかると述べていることについて「人とお金を追加すれば2分の1にすることは可能だろう」と渡辺氏は指摘した。武藤氏が対策先送りを決めた2008年7月に着手していれば、2011年までに十分間に合う計算となる。

 

高台で対策なら「安い、早い、確実」

後藤政志氏は1973年に大学卒業後、16年間、海底石油掘削リグなど手がける会社で海洋構造物の設計に従事。その後1989年に東芝に移り、14年間、原子炉格納容器の設計や保守、管理の責任者を務め、柏崎刈羽6号機、女川3号機などを中心に関わった。

後藤氏は、水密化とは別の考え方として、以下の3種類の最小限の設備を高台など津波の影響を受けないところに新たに設けていれば、事故を防げたと証言した。

1)電源設備

2)非常用ディーゼル発電機及び燃料タンク

3)最終ヒートシンク確保対策(海辺の冷却ポンプが機能を失った時に代替できる設備や車)

そして、既存の設備を改造したり、追加したりする方法に比べて、津波の影響のないところへ新しいものを作る方が確実だとも後藤氏は述べた。最新の技術で作れるので信頼性が高く、コストも安い。また原発を工事のためにわざわざ止める必要もなく、工場で作った設備を、原子炉が定期点検で止まっている間につなぐだけなので、「非常に短期間で済む」とも説明した。

 

「不確かさ」に「余裕」で対応する

被告側は、岡本孝司・東大教授の意見書を提出している。この中で、「事故が起きる前の状態では、その試算に相当な精度・確度が認められていたのでなければ、東京電力がその試算に基づいた安全対策をとっていなかったとしても、それが不合理だったとは言えないと考えます」と述べていることについて、後藤氏は「間違い」と断じた。

 

「不確定なもの、そういうものがあるときに、『相当な精度・確度が認められていたのでなければ』っていうことは、一部にこれは危ないと言った人がいても、それを他の人が認めなかったら、安全対策をしないということです。そんなことやったら、事故ばっかり起こりますよ。こんなのあり得ません。こういうときには、その評価をした人を呼んで(長期評価の津波予測ならば、それをまとめた政府の地震本部の担当者を呼んで)、その評価を入れて議論して、それは間違っていると、そんなことをありえないという結論になってその評価を無意味と判断するならいいが、言葉尻で精度がどうこうと切っていく姿勢に仮になると、それは大変間違っていると思います」。

そして裁判官の質問に対し、予測やシミュレーションの数値ぎりぎりで設計することはしない、と後藤氏は述べた。余裕を持たせるのがエンジニアの常識だというのだ。

朝倉佳秀裁判長「(部屋を水密化する場合)例えば5mの津波が来るという予想で水密化対策をしたら、実際に来たのは15mだったと、3倍だったというような場合は、やっぱり漏れてしまうものなのでしょうか」

後藤「(水漏れを防ぐ)シールは圧力に対してぎりぎりに作っていないから、2倍、3倍平気で持ちます。水圧も構造のほうの余裕を考えながら設計していくわけです。きちんとした設計を安全率とかとっていれば十分になるんです」

「多分2倍くらいは普通に持つと思っている。3倍って言われるともたないかもしれないって、そういう世界なんです。ですからそれは一概に定量的には申し上げにくいです」

丹下将克裁判官「建屋や部屋の水密化の場合、余裕を持たせるのは簡単で、技術的のみならず金銭的にもそんなに増えないという意味でしょうか」

後藤「おっしゃる通りです。例えば5mの水圧がかかるとしたときに、それが10mになったとしても、設計に大した違いはありません。金銭的にも構造に大きな違いはない」

丹下裁判官「そういった容易に強度を高められる場合には、念のために高める度合いというのは通常高くなる、高めておくという発想になるということですか」

後藤「当然です。津波というものを考えると、設定された津波をそのままでは信用しないですね。少なくとも例えば倍くらい来ても大丈夫、ぎりぎりでも持つようにするという発想を当然持ちます」

被告側は、政府の地震本部が2002年に予測した津波より、2011年の津波は大きかったから、対策をしていたとしても事故は防げなかったと主張している。しかし地震本部の予測に、余裕を上乗せして対策を進めていれば、少なくとも2倍くらいの水位でも対応できた。それはエンジニアとして常識だ、というのが後藤氏の主張だった。

そんな「当たり前」の対策が進められていれば、津波の被害は全くゼロではなかったとしても、事故の規模はとても小さかっただろう。そのことが良くわかった証人尋問だった。

 

[1] 東電のライブラリー 2012年9月11日掲載
https://photo.tepco.co.jp/library/20120911_24/120911_236.jpg

[2] 東電株主代表訴訟 原告側準備書面(38)p.26
https://drive.google.com/file/d/1fL0oPZjUViOiFO5Nz9atfejKHltMjjui/view

[3] 東電株主代表訴訟 原告側準備書面(38)p.27
原図は、「福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所における平成23年東北地方太平洋沖地震により発生した津波の調査結果に係る報告(その2)2011年7月8日東京電力」4-43
https://web.archive.org/web/20130219114118/http://www.nsr.go.jp/archive/nisa/disclosure/kaijiseikyu/files/39/39-1.pdf

[4] 福島原子力事故調査報告書 添付資料 添付3-10
https://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120620j0306.pdf

[5] 東電のライブラリー 2012年9月11日掲載
https://photo.tepco.co.jp/date/2012/201209-j/120911-27j.html

[6] 福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所における平成23年東北地方太平洋沖地震により発生した津波の調査結果に係る報告(その2)4-44

 

 

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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