ファクトチェック

東電のハードディスクから掘り起こされた重要メール

東電福島第一原発事故前に東電社内でやりとりされていた電子メールを集めた捜査報告書を、法務省が2021年10月28日付で開示した[1]。東電から提出されたハードディスク(HD)から、メールデータ61通分を復元し、文書にしたものだ。2008年から2011年にかけて、東電内部で津波のリスクについてどのように認識していたか、そして外部の専門家に根回ししたり、他の電力会社に圧力をかけたりして、津波対策の遅れが露見しないよう工作していた状況がわかる。事故の原因を解明するための第一級の資料だ。そして、これらのメールを東電は政府や国会事故調には提出しておらず、さらに検察の初期の捜査でも利用されておらず、強制起訴された後の2017年になって指定弁護士によって発掘されたらしいことも示している。

デジタルフォレンジックで指定弁護士が発掘

開示された文書は、「捜査報告書(メールデータの抽出印字について)」2017年4月21日付、A4全153ページ(写真1)。指定弁護士の指示で、東京地方検察庁の検察事務官が、東電のHD(1テラバイト)3台から、フォレンジックソフト「Nuix」を用いて、メールデータを抽出し、印字したことがわかる。

デジタルフォレンジック(電子鑑識)とは、削除されたデータの復元などを行ってコンピューターなどの電子記録を解析し、犯罪の証拠として活用する手法だ。

(写真1)捜査報告書

事故原因解明に役立つ貴重なメール

東電のHDから掘り起こされたメールは全61通で、捜査報告書に添付されている。全てが興味深い内容だが、いくつかを紹介する[2]

(写真2)2008年2月4日のメール

「プラントを停止させないロジックが必要」2008年2月4日(開示文書のp.8)(写真2)
タイトルは「1F、2F津波対策」。東電土木グループGM(グループマネジャー)の酒井俊朗氏が、他のグループの社員らに送ったメール。メールの最後に、「津波がNGになると、プラントを停止させないロジックが必要」と書いている。酒井氏は、刑事裁判の証人尋問(第8回、2018年4月24日[3])で、指定弁護士にこのメールについて問われ、以下のように答えている[4]

「津波がNGだというのを分かっていながら、中間報告で7設備が大丈夫だから大丈夫ですよと世間に対して安全だというのは、これはちょっと、何かうそじゃないかというのは、論理的にそうなるんじゃないかと」

(写真3)2008年8月11日のメール

「世間がなるほどと言うような説明がすぐには思いつきません」(2008年8月11日、開示文書p.72)(写真3)

タイトル「推本対応 原電回答」。東電土木調査Gの高尾誠氏が、上司の酒井氏、部下の金戸俊道氏らに送ったメール。「確かに、WGの阿部《勝征》先生や今村《文彦》先生等、津波評価部会の首藤《伸夫》先生、佐竹《健治》先生等に対する説明内容は思い浮かびますが、世間(自治体、マスコミ・・・)がなるほどと言うような説明がすぐには思いつきません」と書かれている。(引用文中の《》は筆者による補足)

7月31日に、武藤栄常務の指示で、津波対策の先送りが決まった直後のメールだ。このメールについて酒井氏は「地元の方とか自治体の方とか、それは、普通、一国民として考えたら、心配だったらすぐ対策とればいいじゃないかということだと思うので、なかなかなるほどというような説明がすぐに思いつかないというのはその通りだと思った」と証言している[5]

(写真4)2008年9月8日のメール

「最終的に改造不要ということで乗り切れる可能性はない」(2008年9月8日、開示文書p.108)(写真4)

タイトル「福島バックチェック津波資料」。酒井氏が、部下の金戸氏や高尾氏にあてたメール。福島第一原発の所長らに津波想定について説明する方針を書いている。「津波については、真実を記載して資料回収」「最終的に平成14年バックチェックベース(改造不要)《津波想定5.7m》ということで乗り切れる可能性はなく、数年後には(どのような形かはともかく)推本津波をプラクティス化して対応をはかる必要がある」という記述がある。

(写真5)2008年11月14日のメール

「当社が記載することについて不都合ありますでしょうか」(2008年11月14日、開示文書p.123)(写真5)

タイトル「Re:869貞観について」。東北電力の津波想定の担当者が、東電・高尾氏に送ったメール。東北電力は津波想定の再評価(バックチェック、2008年)で、貞観津波(869年)を想定して報告書を作成して国に提出する準備をしていた。しかし、同じ津波を東電が想定すると福島第一では敷地を超えてしまう。

前日11月13日に、高尾氏は、東北電力の担当者に、「本日、津波バックチェック(BC)について、社内の方針会議を実施し、869年貞観津波については、BC対象としない方針としました」とメールを送っていた。

この後も東電と東北電力はメールでやりとりを続ける[6]。東北電力は貞観津波を引っ込めることに当初、消極的だったが、「御社がバックチェックで報告する場合、当社の方針と異なり、社内上層部まで至急話をあげる必要がありますので、再度御社の方針をご確認させていただきたく思います」(開示文書p.128)など圧力をかけ続ける。

結局、東北電力は「東電の依頼に応じて、バックチェック報告における貞観津波の言及を参考にとどめることに決めました」と東北電力担当者は検察に供述している[7]

(写真6)2009年6月24日のメール

「津波、地震の関係者にはネゴしていたが、地質の岡村さんからのコメントが出た」(2009年6月24日、開示文書p.138)(写真6)
タイトル「合同WG(福島+日本原燃)の状況」。この日、バックチェック中間報告を審査する専門家会合が保安院で開かれ、その席で産業技術総合研究所活断層・地震研究センターの岡村行信センター長は、東電のバックチェック中間報告(2008年3月)で貞観地震の想定が不十分だと厳しく何度も指摘した。その状況を、東電の酒井氏が武黒・東電副社長、武藤常務や、バックチェックにかかわる社内の関係者約20人に説明したメールだ[8]

「岡村委員から、プレート間地震で869年の貞観地震に関する記述がないのは納得できない、とコメントあり。(中略)津波評価上では《土木》学会でモデルの検討を行ってから対処する方向で考えていた地震。その方向性でよいことは津波、地震の関係者にはネゴしていたが、地質の岡村さんからのコメントが出た、という状況」「バックチェック最終報告で対応するとなると設備対策が間に合わない(?)そもそも、現在提案されている複数のモデルのうち、最大影響の場合10m級の津波となる」という記述がある。

 

事故後6年、隠されていた

これらのメールは、2018年に開かれた勝俣恒久元会長ら東電旧経営陣の刑事裁判で、関係者を証人尋問する際に経緯を追及するための重要な糸口として使われ、法廷で初めて存在が公になったものが多い。

2017年にHDから「発掘」されるまで、これらのメールの詳細な内容は政府や国会の事故調査委員会に明らかにされていなかったとみられる。「調査に協力する」としていた東電の姿勢は、真っ赤な嘘だったわけだ。もし強制起訴にならなければ、これらのメールは永遠に隠されたまま葬られ、事故の真相を解明することは難しくなっていただろう。

 

 

[1] https://database.level7online.jp/items/show/56

[2] 墨塗り部分の一部を、他の資料から補って解説している。

[3] https://level7online.jp/2018/%e7%ac%ac8%e5%9b%9e%e5%85%ac%e5%88%a4%e5%82%8d%e8%81%b4%e8%a8%98/

[4] この時の尋問のやりとりについて、さらに詳しくは『東電原発事故 10年で明らかになったこと』(平凡社新書2021)のp.108

[5] 『東電原発事故 10年で明らかになったこと』p.118

[6] 『東電原発事故 10年で明らかになったこと』p.127

[7] https://level7online.jp/2019/%e6%a4%9c%e5%af%9f%e8%aa%bf%e6%9b%b8%e3%81%8c%e6%98%8e%e3%82%89%e3%81%8b%e3%81%ab%e3%81%97%e3%81%9f%e6%96%b0%e4%ba%8b%e5%ae%9f/

[8] 『東電原発事故 10年で明らかになったこと』p.131

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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