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東電元幹部の刑事裁判控訴審、第3回公判で結審

記者会見する被害者参加代理人弁護士ら

東京電力福島第一原発事故を防がなかったとして、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電元経営陣3人の控訴審第3回公判が6月6日、東京高裁(細田啓介裁判長)であり、この日で結審した。検察官役の指定弁護士は3人を無罪とした一審・東京地裁判決の破棄を求め、弁護側は「原判決に誤りが無いことは明らか」と改めて無罪を主張した。判決日は後日言い渡されるが、2022年12月か23年1月になる見通し。

東京高裁は、指定弁護士側が求めていた証人尋問や現場検証を採用しなかった。国の機関である地震調査研究推進本部(地震本部)が2002年7月に発表した「長期評価」の信頼性を東京高裁がどう評価するかが、注目すべきポイントになりそうだ。

第3回公判から11日後の6月17日に、住民らが東電原発事故の国の責任を問うた裁判の最高裁判決が予定されており、ここでも長期評価の信頼性が争点となっている。この判決を見て、東京高裁が刑事裁判の弁論を再開する可能性も残されている。

この日、傍聴希望者は169人で、傍聴できたのは32人(倍率5.3倍)だった。(《》は筆者注)

長期評価の信頼性が争点に

一審東京地裁が2019年9月に3人に無罪を言い渡してから2年9か月。控訴審は昨年11月に第1回を開いてから、3回の公判で結審を迎えた。被告のうち、勝俣恒久会長、武藤栄・元副社長の2人はこの日の法廷に姿を見せず、出廷したのは武黒一郎・元副社長だけだった。

最初に、被害者の遺族2人の心情をつづった陳述書が代読された。「裁判で真実が知り得なかった。専門家の証言は必要性がないとして不採用になり、がっかりしました」「(民事の)最高裁判決で国の責任が認められれば、それに沿った判決を」などと、指定弁護士や被害者側の代理人弁護士が読みあげた。

このあと、検察官役の指定弁護士、被告側の弁護士の双方が最終的な意見を述べた。

指定弁護士は、国や東電に住民らが賠償を請求した民事訴訟の東京高裁判決(2021年2月、一審千葉地裁)[1]が、地震本部の長期評価について「相応の科学的信頼性を有するものと評価することができる」としていることをもとに、長期評価についての争点は民事訴訟も刑事訴訟も同じで、共通する証拠が多数調べられていることなどを挙げて、刑事訴訟一審判決が誤っていると指摘した。

これに対して被告側の弁護士は、「別件民事判決は、原判決に誤りがあるとする根拠になるものではない」「判決文だけで事実認定の当否を議論するのは不可能で、《裁判における防御権の侵害にあたる」などと反論した。

公判は1時間ほどで終了。閉廷直後、傍聴者からは「最後まで審理を」「現場検証をしてください」という抗議の声が上がった。

公判後の会見で、被害者参加代理人の海渡雄一弁護士は「最高裁の判決次第で、東京高裁は判決までにもう一度弁論をする可能性もある」と話した。

東京高裁は、一審判決の「誤り」を解消できるか?

電力業界が事故前に使っていた津波予測の方法「土木学会津波評価技術」(2002年2月、図右)は、東北地方太平洋側の津波地震について、これまで発生したことが古文書に確実に残っている地震しか想定していない。これにもとづくと福島第一原発がある地点の津波高さは5.7mと想定されていた。

一方、土木学会津波評価技術の5か月後に地震本部が発表した「長期評価」(図左)は、古文書には記録のない福島沖でもマグニチュード8.2程度の大津波を起こす地震(津波地震)が発生しうると予測していた。これにもとづくと福島第一の津波高さは15.7mになり、敷地高さ(10m)を越える。

地震本部と土木学会の波源域のサムネイル
地震本部「長期評価」が予測する波源域と、土木学会津波評価技術が予測する波源域

この二つの予測のうち、信頼性が高いのはどちらと考えるかで、判決は異なってくるが、一審の東京地裁判決(永渕健一裁判長)[2]は、腑に落ちない理屈で、東電元幹部を無罪とした。

「結局のところ、本件事故を回避するためには、本件発電所の運転停止措置を講じるほかなかったということになる」(判決p.21)と決めつけ、「運転停止措置を講じるべき結果回避義務を課すに相応しい予見可能性があったと認めることはできないといわなければならない」(同p.99)として、無罪を導いている。

そして長期評価については、「『長期評価』の見解が客観的に信頼性、具体性のあったものと認めるには合理的な疑いが残るといわざるを得ない」(p.88)などとして、原発の運転を停止しなければならないほど、確実な予測ではなかったと位置付けている。

一方で、土木学会の津波評価技術については、原発の安全審査でも使われていたことなどを根拠にして長期評価より確実だと評価し、その欠点を詳しく見ていない。

それに対し、東京高裁判決(2021年2月19日、一審千葉地裁)は、「防潮堤等による浸水の防止のみならず、建物や重要機器室の水密化の措置も併せて講じることが想定され(中略)、平成20年推計による想定津波と同等の想定津波に対する対策を講じていれば、福島第一原発に対する本件津波の影響は相当程度軽減され、本件事故のような全電源喪失の事態に至るまでのことはなかった蓋然性が高いと認められる」(p.159)とした。運転停止以外の方法で、事故は避けられただろうと判断している。

そして平成20年推計(津波高さ15.7m)のもとになった長期評価について「長期評価に示された見解については、相応の科学的信頼性のある知見であると評価することができ、《土木学会津波評価技術と比較しても、その科学的信頼性において、優位とはいえないまでも、同等であるというべきである」(p.133)と位置付けている。

要約すると、一審東京地裁は、「事故を避けるには、原発を止めるしかない」とし、長期評価は、原発を止めなければならないほど確実な予測ではなかったと考えた。

東京高裁(一審千葉地裁)は、運転停止以外の措置で事故は相当軽減されたとし、そして長期評価には、土木学会津波評価技術と「同等」の信頼性があると判断した。

原発をすぐに止めなければならないほど確実な地震予測は、現代の科学では不可能だ。だから一審東京地裁は、現実離れした要求で東電旧幹部らを無罪にしているように見える。

この日結審した刑事訴訟の控訴審判決は、一審の誤った理屈を引き継ぐのか、それとも民事の東京高裁のような合理的で納得できる考え方に近づくのだろうか。6月17日に出される最高裁判決が長期評価の信頼性をどう判断するかによって、刑事訴訟控訴審も影響を受けそうだ。

 

[1] 原発被害救済千葉県弁護団のHPに判決文が掲載されている。

福島原発千葉訴訟第一陣(控訴審) 判決要旨・判決文(一部)の公開

[2] 福島原発刑事訴訟支援団のHPに判決文が掲載されている。
https://shien-dan.org/decision-full-text/

 

 

 

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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