保安院、貞観地震の審議をしないと決める
前回の記事(当連載7回)で原子力安全・保安院の森山善範審議官のメールを紹介した。森山がこのメールを書く少し前に、部下の小林勝・耐震安全審査室長は、森山に貞観津波について報告していた。小林は、東京地検の調べに以下のように述べている[1]。
「メールに記載されている内容は、もともと森山審議官が把握していた内容に加えて、このとき私から報告を受けた内容を補完したものだと思います。私は、このメールを見て、保安院の上層部としては、3号機についても評価作業を行う方針になったのだろうと思いました。その上で、森山審議官とすれば、3号機の評価作業を行った場合、5号機の評価作業の際に今後の課題として残っている貞観地震と津波について議論になる可能性があることを院長らに事前に報告したのだということが分かりました」
そして保安院の上層部は、「貞観津波が議論になる可能性」をつぶすために、議論の場を開かないことを決めたと見られる。
原発の耐震安全性の再評価(バックチェック)の審査は
①どんな地震を想定するべきか決める審議会(合同ワーキンググループ)[2]
②その地震動に原発の施設が耐えられるか検討する審議会(構造ワーキンググループ)
という順序で審議されることになっていた。
福島第一5号機では①の審議会(2009年6月24日)[3]で、岡村行信・産業技術総合研究所(産総研)活断層・地震研究センター長から、東電が貞観地震を想定していないことが指摘され、議論となった(当連載6回)。
そこで保安院は、プルサーマルを控えた3号機では①の段階を省略し、②だけでバックチェックを進めることにしたのだ。野口哲男・原子力発電安全審査課長は、部下の小林に、3号機のバックチェックのために①を省いて、②から開催するよう、2010年の4月か5月ごろ指示した。
2010年5月27日に開かれた②で3号機のバックチェック審査が始まり、7月26日に保安院は「3号機の主要な施設は、基準地震動Ssに対しても耐震安全性が確保されるものと判断した」と評価をまとめた[4]。最大の懸案であることを保安院自らが認識していた貞観津波の問題を、まったく検討しないまま、揺れの問題だけに目を逸らし、「安全が確保される」とお墨付きを出したのだ。
野口の前々職は資源エネルギー庁のプルサーマル担当の参事官だった。「当時の野口課長の関心は、プルサーマルの推進であり、耐震評価についてはあまり関心がなかったようであった」と小林は政府事故調に供述している[5]。
「余計なことをするとクビになるよ」原子力安全委の審議抜きに
国側は、さらに審査の手抜きを重ねる。
バックチェクは、通常は保安院の審議のあと、原子力安全委員会(安全委)がダブルチェックする。プルサーマルで先行していた九州電力玄海3号機、四国電力伊方3号機、関西電力高浜3号機は、保安院で審議を受けたのち、安全委がその結果をダブルチェックする形で進められていた。
しかし福島第一3号機については、安全委のダブルチェック対象にならなかった(図1)[6]。
小林は以下のように検察に供述している。
「私は、そのことについて、平成22年《2010年》5月か6月か7月のいつ頃か記憶がはっきりしませんが、野口審査課長が、安全委の事務局に赴いて何らかの調整を行なっていると聞きました」
「私は、そのように聞いたことから、野口審査課長が安全委から帰ってきた後だったと思いますが、野口審査課長に対し、『安全委に諮った方がいいのではないですか』と尋ねました。それに対し、野口審査課長は『もう話はできているから』『余計なことは言わないで』などと言いました」
「そして、そのすぐ後に、私は、今度は原広報課長に呼ばれて、原広報課長から『余計なことをするとクビになるよ』などと言われました」
「原広報課長は、当時、保安院の技術系のノンキャリアの中で最も年次が高く、保安院の技術系ノンキャリアの人事を左右する立場にあると考えられていました」
小林は、安全委の審査が行われていないことを問われた時に、安全委側と異なる説明をするとまずいと思い、すりあわせをするため想定Q&Aを作って安全委事務局に送っていた(図2)[7]。それほど正常ではない審査手続きだったわけである。
東電も知っていた「官僚がぐちゃぐちゃしていた」
このころの保安院の内部状況を、東電側もつかんでいた。吉田昌郎・東電本店原子力設備管理部長(事故発生当時の福島第一原発所長)は、政府事故調にバックチェックの様子をこう供述している[8]。
「森山さんだとか、保安院側に対してはいろいろ話をしていて、今度はエネ庁側から、プルサーマルを進めるために、今度はまた保安院にやれという話で、これまたややこしくて保安院とエネ庁の中で、やるだの、やらないだの、くだらないことをやっていたんです。あの、馬鹿な官僚どもがね。私も狭間に入ってですね、ぐちゃぐちゃしていたですけれども」
吉田の供述によれば、3号機のバックチェックは仕事を増やすので、保安院も、東電の技術屋(原子力設備管理部)もやりたくなかった。しかし、地元の意向を受けた「無理矢理やれという勢力」(吉田)である東電立地地域部や、プルサーマルを受け入れてもらうため、耐震安全性の検討を形式だけでもやりたい資源エネルギー庁との間で、その進め方について「ぐちゃぐちゃしていた」というのだ。
耐震バックチェックについて、保安院と東電の情報交換は、1週間に一度ぐらい開かれる「朝会(あさかい)」と呼ばれる会合でされていたらしい[9]。参加者は、森山、黒木審議官、野口審査課長、検査課長、小林、東電側は武藤栄原子力・立地本部副本部長、吉田らだ。
小林は政府事故調に以下のように述べている
「森山審議官が、平成22年3月頃の朝会の際、吉田管理部長に『貞観地震の検討をやらなければならないんじゃないか』と言っていたように思う。また、貞観地震の知見が出始めた平成22年3月頃(ママ)に開催した朝会の際にも、森山審議官から吉田管理部長に『貞観地震の津波は大きかった、繰り返し発生しているんじゃないか』という内容の話があったと思う」
(ここで小林は、貞観津波の知見が出始めたのを平成22年(2010年)3月頃と言っている。しかし貞観津波研究の最新成果が論文[10]として出たのは2008年で、保安院の公開の審議会で研究者がそのリスクを指摘したのは2009年6月なので、実際はもう少し早いと思われる。小林の言い間違いか、政府事故調が文字化する際のミスだろう)
森山のメール(当連載7回)にも「東電は、役員クラスも貞観の地震による津波は認識している」という記述があったが、これも朝会でのやりとりを反映したものだろう。
当時の保安院や東電上層部の考え方を知り、責任を追及するためにこの「朝会」の内容は重要だと思われる。しかし、通常であれば保安院側と東電側の双方で別々に作成しているはずの議事メモや、会議資料はほとんど見つかっていない。保安院側がA3資料を1枚開示しているだけだ[11]。
プルサーマルの実施前に、3号機のバックチェックで貞観津波の最新知見を取り入れた審議をしないことと、安全委でダブルチェックをしないことについては、資源エネルギー庁の石田徹長官が、直嶋正行経産大臣に了承をとっている。
石田が、津波を含む最終評価をせず、安全委の評価もしないことについてし、直嶋は「…まぁそうしとくか」「そうしようか」と答えたと記録されている(図3)[12]。「非常に小さい声で正確には聞き取れませんでしたが、少なくとも否定はしていないと思います」と、記録した官僚による註釈まで加えられている。
後に官僚らが責任を問われる事態に備え、大臣の言質を残したかったのだろうか[13]。
(続く)(敬称略、《》は筆者注、太字は筆者による)
[1] 東京地検 小林勝(保安院)供述調書 2015年3月16日分 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 甲C268号証)
https://database.level7online.jp/items/show/67
[2] 総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会 耐震・構造設計小委員会 地震・津波、地質・地盤合同ワーキンググループ
https://warp.da.ndl.go.jp/collections/info:ndljp/pid/9482678/www.meti.go.jp/committee/gizi_8/9.html#meti0004395
総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会 耐震・構造設計小委員会 構造ワーキンググループ
[3] 総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会 耐震・構造設計小委員会 地震・津波、地震・地盤合同WG(第32回)議事録 2009年6月24日
[4] 原子力安全・保安院 プレスリリース「福島第一原子力発電所3号機のプルサーマル実施に係る技術的条件の確認について」2010年7月26日
https://warp.da.ndl.go.jp/collections/info:ndljp/pid/8658576/www.meti.go.jp/press/20100726008/20100726008.pdf
[5] 政府事故調 小林勝の聴取結果書 2011年8月18日
https://www8.cao.go.jp/genshiryoku_bousai/fu_koukai/pdf_2/110.pdf
[6] 東京地検 小林勝(保安院)供述調書 2015年3月16日分 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 甲C268号証)p.5
[7] 東京地検 小林勝(保安院)供述調書 2015年3月16日分 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 甲C268号証) 資料2
https://database.level7online.jp/items/show/67
[8] 政府事故調 吉田昌郎の聴取結果書(吉田昌郎-10)2011年11月6日 p.35
https://www8.cao.go.jp/genshiryoku_bousai/fu_koukai/pdf_2/348_349.pdf
[9] 政府事故調 小林勝の聴取結果書 2011年8月18日 p.2
[10] 佐竹健治ほか「石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション」活断層・古地震研究報告 No.8,p.71-89,2008
https://www.gsj.jp/data/actfault-eq/h19seika/pdf/03.satake.pdf
[11] 原子力規制委員会 原規規発第2002071 2020年2月7日
https://database.level7online.jp/items/show/34
[12] 政府事故調 名倉繁樹の聴取結果書 2011年8月31日後半部分 p.4
https://www8.cao.go.jp/genshiryoku_bousai/fu_koukai/pdf_2/133_2.pdf
[13] 鎭目宰司「漂流する責任:原子力発電をめぐる力学を追う」岩波科学 2015年12月から2016年2月まで3回連載