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安全より国策、津波対策よりプルサーマル優先

(国の責任を考える その7)

貞観の知見は「成熟していないもの」だったのか

原子力安全・保安院の名倉繁樹・安全審査官は、事故前に貞観津波対策を急ぐ必要がなかったと考えていた理由について、以下のように説明している。

「《佐竹論文[1]は》まだ成熟したものではないので、規制に取り入れるべきものとは考えておりませんでした」
「断層の広がり等、まだ確定していなくて、そういう意味で、波源断層、それからその大きさですね、そういったものが動くというふうに考えていた」[2]

しかし、「まだ成熟した知見でなかったから、規制に取り入れる必要はなかった」という言い分では、東北電力や原子力安全基盤機構(JNES)の当時の動きが説明できない。

東北電力は、2008年11月時点で完成させていた津波のバックチェック報告書に、貞観津波を想定すべき対象として取り込んでいた(図1)[3](当連載第5回)。東北電力の担当者は「保安院からの指示もあり、バックチェック報告書に記載した」と説明している。保安院は、東北電力に対して貞観津波を想定するように指示したのだから、東電にも同様の指示を出すのが当然だったはずだ。

(図1)東北電力の報告書(2008)に記載された貞観津波のモデルのサムネイル
(図1)東北電力の報告書(2008)に記載された貞観津波のモデル

またJNESも、2010年11月にまとめた報告書で、女川原発で想定すべき津波に、貞観津波を含めている[4](図2)。この報告書の津波想定は、保安院のコントロールのもとで決定されており[5]、保安院も貞観津波を想定すべきだと考えていたことがわかる。

(図2)JNESが想定した貞観津波の波源域(2010)のサムネイル
(図2)JNESが想定した貞観津波の波源域(2010)

 

専門家まかせで規制機関の責任放棄

保安院の小林勝・耐震安全審査室長は貞観津波対策を東電に指示しなかったことについて、こんな説明もしている。「バックチェック最終報告に対する審査の段階で議論されるだろうと思い、現時点で保安院側から特に指示するまでの必要はないと考えたのでした。つまり、バックチェック最終報告に対する審査の段階では、専門家の方々が対策の要否やその内容について具体的に議論し、その結果必要があれば東京電力に対し具体的な指示を出すことになりますので、私としては、現時点で保安院として特に指示を出すまでのことはないと考えたのでした」[6]。2009年当時の小林の考えである。

ここで思い出したいのは、当連載1回目で触れた入佐伸夫・保安院原子力発電安全審査課耐震班長(小林の2代前の担当者)の、2002年時点の発言だ。

入佐は、当時、見直された津波想定を保安院自身では精査せず、「耐震指針が改訂されたら正式なバックチェックになるだろう」と先送りしていた。

バックチェックの場で専門家が指摘するまで何もしないという保安院の姿勢は、2002年から2009年までずっと続いていたわけだ。そして東電の津波バックチェックの審議は2011年の事故時点で、まだ始まってさえいなかった。

高い津波が襲来する可能性があることや、その場合は全電源喪失になることを知っていながら、「将来、専門家から指摘されるだろう」と、9年以上も保安院は自分たちでは何も判断せず、対応も指示しなかった。

事故をめぐって国の責任が問われた訴訟で、最高裁の三浦守裁判官は、判決(2022年6月)の反対意見の中で保安院の姿勢について「法が定める規制権限の行使を担うべき機関が事実上存在していなかったというに等しい」と厳しく批判した[7]。まさしくその通りの状態だったと言えるだろう。

 

保安院審議官「経産省に非難される可能性があった」

国策のプルサーマルを優先させたことも、保安院が貞観対策に表立って乗り出せない要因となったようだ。

プルトニウムをウランに混ぜて原発で燃やすプルサーマルの実施は、国策の核燃料サイクルを維持するために経済産業省が推進してきた。福島第一では1990年台後半から計画が持ち上がっていたが、東電の不祥事などから延び延びとなっていた。

貞観津波の研究成果を、経産省の審議会で研究者が指摘したのと同じ2009年、九州電力玄海原発3号機で、国内初の本格的なプルサーマル発電が始まっていた。2010年2月、福島県の佐藤雄平知事は県議会で、福島第一原発3号機でも、耐震安全性の確認など3条件が満たされればプルサーマルを受け入れる方針を示した[8]

佐藤知事が求めている耐震安全性の確認に、どう答えるか、保安院内部で議論があったようだ。

森山善範審議官(1981年に通産省に入省したキャリア官僚。2006年7月から保安院原子力発電安全審査課長、2009年7月から原子力安全基盤担当審議官)が、2010年3月24日に、部下の原子力発電安全審査課長らに送ったメールがある(図3)[9]

(図3)森山審議官が送ったメールのサムネイル
(図3)森山審議官が送ったメール

 

件名「1F3《福島第一3号機》バックチェック(貞観の地震)」

1F3の耐震バックチェックでは、貞観の地震による津波評価が最大の不確定要素である旨、院長、次長、黒木審議官に話しておきました。私の理解が不正確な部分もあると思いますが、以下のように伝えています。
・最近貞観の地震についての研究が進んできた。
・耐震バックチェックWGでも、貞観の地震に関する論文を考慮し検討すべきとの専門家の指摘を受け、地震動評価を実施している。
・また、保安院の報告書には、今後、津波評価、地震動評価の観点から調査研究成果に応じた適切な対応を取るべきと書いており、と宿題になっている。
・貞観の地震についての研究は、もっぱら仙台平野の津波堆積物を基に実施されているが、この波源をそのまま使うと、福島に対する影響は大きいと思われる。
福島は、敷地があまり高くなく、もともと津波に対しては注意が必要な地点だが、貞観の地震は敷地高を大きく超える恐れがある。
・1F3について、仮に中間報告に対する保安院の評価が求められたとしても、一方で貞観の地震についての検討が進んでいる中で、はたして津波に対して評価せずにすむのかは疑問
・津波の問題に議論が発展すると、厳しい結果が予想されるので評価にかなりの時間を要する可能性は高く、また結果的に対策が必要になる可能性も十二分にある
・東電は、役員クラスも貞観の地震による津波は認識している。
というわけで、バックチェックの評価をやれと言われても、何がおこるかわかりませんよ、という趣旨のことを伝えておきました。

このメールの趣旨について、森山は検察に以下のように述べている[10]

 

貞観地震と津波について、当時は調査研究の途上でしたので、仮に、審議の中で更に新しい知見が発表されたりすれば、その取扱いをめぐって審議が活発化するなどして長期化し、平成22年《2010年》8月に予定していたプルサーマル実施までに審議が終了せず、福島県知事が求めていた耐震安全性の確認が間に合わない可能性は十分にありました。

私自身は3号機について耐震バックチェックの評価を行うこと自体に抵抗を感じていましたが、その一方で評価を行うことは避けられないだろうとも考えており、その場合、耐震バックチェックの評価が間に合わない可能性があることを事前に保安院の上層部を通じて資源エネルギー庁や経済産業省本体まで伝えておかないと、結果的に評価が間に合わなくなった場合に、プルサーマルを推進する立場の資源エネルギー庁等から非難される可能性がありました。

 

きちんと審議すると、プルサーマルが実施できなくなり、資源エネルギー庁や経産省から非難される。そんな圧力を感じていたことを保安院の審議官が告白しているのである。そしてこのメールの後、福島第一3号機の審議は、貞観津波が問題とならないように、簡略化されていく。

(続く)(敬称略、《》は筆者注、太字は筆者による)

 

[1] 佐竹健治ほか「石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション」活断層・古地震研究報告 No.8,p.71-89,2008
https://www.gsj.jp/data/actfault-eq/h19seika/pdf/03.satake.pdf

 

[2] 横浜地裁 福島原発かながわ訴訟 第21回口頭弁論 2017年4月25日 名倉繁樹の証言 証人調書p.10

 

[3] 東京地検 田村雅宣(東北電力社員)供述調書 2012年12月21日 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 甲C第220号証 PDF p.81)
https://database.level7online.jp/items/show/72

 

[4] 独立行政法人原子力安全基盤機構「『発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針』の改訂に伴う東北電力株式会社女川原子力発電所第1号機、第2号機及び第3号機の耐震安全性評価にかかるクロスチェック解析の報告書―地震随伴事象(津波)に対する安全性評価に係る解析―」2010年11月30日
https://database.level7online.jp/items/show/29
https://database.level7online.jp/files/original/5d75c346eaa0eddd199ed5dcf4cceb4b.pdf

 

[5] 東京地検 小林勝(保安院)供述調書 2012年11月21日分 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 甲C260号証)
https://database.level7online.jp/items/show/65

 

[6] 東京地検 小林勝(保安院)供述調書 2012年11月21日分 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 甲C260号証)p.8
https://database.level7online.jp/items/show/65

 

[7] 最高裁第二小法廷 2022年6月17日
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91243

 

[8] 福島県議会 2010年2月16日定例会

 

[9] 原子力規制委員会 原規規発第14073013
https://database.level7online.jp/items/show/73

 

[10] 東京地検 森山善範(保安院)供述調書 2015年1月20日分 原子力規制委員会による開示2022年3月3日(原規法発第2203031号 甲C267号証)
https://database.level7online.jp/items/show/74

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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