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部下に丸投げされた社長、会長の責任

福島第一原子力発電所の事故を起こした当時の東電経営者たちの責任を問う株主代表訴訟(東京地裁)で2021年7月20日、5回目の証人尋問が開かれた。この日は、被告の武黒一郎・元副社長、勝俣恒久・元会長、清水正孝・元社長らへの原告側からの反対尋問や、裁判官からの補充尋問があった。この記事では、勝俣元会長、清水元社長への尋問について述べる(武黒元副社長については、レベル7に掲載済み)。

「原子力本部の責任だ」「原子力本部に任せていた」と繰り返す勝俣、清水両被告に、「丸投げで、社長の責任を果たしていたことになるのか」と原告側弁護士らが迫った。勝俣氏が社長に就任した2002年以降、原子力部門の監視が最重要課題とされていながら、放置していた様子が浮き彫りとなった。

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「専門的なことは任せていた」ら責任は無くなるのか

清水、勝俣両氏の姿勢は、「専門家集団である原子力・立地本部に任せていた」というものだ。

丹下将克裁判官「津波想定はどうするのかということについては、これは必要がある、必要がない、そもそも津波対策をする必要がある、必要がないという判断については、これは原子力・立地本部に完全に任せてしまうと、こういうことですか」

清水「はい、それは任せます。その検討を信頼して、それは任せます」

丹下「原子力部門が高度な専門技術的な集団であるということは、背景にあるんでしょうか」

勝俣「当時、津波地震についての情報というのは非常に少なかったと思います。そうしたことを踏まえて、原子力本部の土木調査グループという専門家集団が、それについて何にも出してないということは、そんなに大した情報ではないという判断です」

原子力・立地本部に任せきりで、会社最高幹部の責任を果たしたことになるのか。原告側の弁護士らは問いただした。

北村賢二郎弁護士「あなたが適切に統括管理しなければ、必ずしも原子力部門はあなたの期待どおりに動くわけではない」「統括するというのは、部下をきちんと掌握して管理することであって丸投げ、つまり相手に任せっきりで自分は何も理解しないとか、判断しないということとは違いますね」

河合弘之弁護士「この問題を土木学会に調査依頼をして、その間、二、三年は何も対策を取らないという極めて重要な情報が常務会に上がってこなかったのは、社内で安全最優先のリスク管理体制が構築されていなかったからではないですか」

河合「非常に受け身的で積極的に何かリスクを聞き出して対策を考えるとか、部下に積極的に特に過酷事故防止についての情報を上げさせるとかいう方向が全然感じられない。そのやり方だと、部下がサボったり、間違えたりすると、もうそれでおじゃんですよね。下から上がってこなきゃ、それでもう全てが終わりですね」

「原子力部門まかせ」で繰り返した不祥事、そして大事故

原子力部門に任せきりにして監視の目が届かず、大きなトラブルを引き起こす。東電はそれを繰り返してきた。

2002年、福島第一など東電の原発13基で原子炉内の部品のひび割れなどのトラブルを隠していたことが発覚。会長、相談役、社長ら歴代四首脳が引責辞任した。

この隠蔽について調べた原子力安全・保安院の報告書[1]は、以下のように述べている。

「今般の事案に関しては、事業者における原子力部門は、原子力専門の技術者を中心として、一種の独自の「テリトリー」を築いており、部外者には関与しにくい雰囲気があった。このため、設備の故障・修理やその安全性の判断等については、実質的に本社の原子力部門内や発電所内の技術の専門家を中心とする限定された者により意思決定がなされ、その過程や結果の評価について、経営トップを含む原子力部門以外の部門からの十分な監査が及ばない場合が少なくなかったと判断される」

原子力部門の活動に関して全社的な品質保証機能が麻痺していたことが根本的な原因であると考えられる

河合弁護士はこう迫った。
「結局は勝俣さんが平成14年(2002年)に社長に就任してから、一連の不祥事を繰り返し、安全最優先を対外的に約束しては、その約束を破ってきた会社の体制、そういう体質が改善されることなく、福島第一原発事故まで続かせてしまったあなたの責任が、今回の事故を招いたのではないんですか」

これに対し、勝俣氏は「14年のときの不祥事ですね。それで、徹底的に原子力本部の構造改革をしようということで、全社を挙げて取り組みました」と答えた。

勝俣社長体制で「原発の安全性はむしろ悪化

しかしデータはむしろ勝俣氏が社長に就任して以降、安全にお金をかけなくなった実態を示している。

東電の設備関係費[2]は、2002年度には1兆6620億円だったが、津波対策の先送りを決めた2008年度には1兆2621億円で、約4分の3に減っている(グラフ1)。設備関係費が電力供給コスト全体に占める割合は、2002年は36.7%だったが、2008年度は13.4ポイント落ちて23.3%まで下がった。一方で2002年の不祥事や2007年7月の新潟県中越沖地震の影響で原発が止まり、原発の稼働率が低迷し(グラフ2)[3]、代替する火力発電の燃料費は急上昇していた(グラフ1)。

グラフ1
グラフ2

 

勝俣氏は2007年9月の社内報[4]で、柏崎刈羽原発が停止したことにより4000億円強収支が悪化するとし、「グループの総力を挙げ、これまでとは次元の異なるコストカットに取り組むことが不可欠です」とも訴えていた。

2008年7月に、武藤栄・原子力・立地本部副本部長が津波対策の先送りを決めたあと、日本原電の社員は、東電の担当社員からこのように聞いたと検察に供述している。

「柏崎刈羽も止まっているのに、これで福島も止まったら経営的にどうなのかって話でねなどと言っていたように思います」[5]

2008年4月の決算で、東電は28年ぶりの最終赤字が報告されたばかりのころだ。異次元のコストカットを指示する勝俣社長の意思を受け、現場はこう考えざるをえなかったのだろう。

河合弁護士「あなたや皆さんのおっしゃることだと、お金、積極的な対策を取るのは、安全策を取るのはお金、大金がかかる。それは役員会、取締役会、常務会に上がってくると。専門知識で判断して、対策取らなくていいということになったら、常務会や取締役会にはかかってこないという、そういうことになりますよね」

河合「それこそ東京電力の原子カリスク管理体制の構造的欠陥じゃないですか。お金かかるのは上がってくる、お金かかんないで握り潰すのは上がってこない、ごく一部の人が判断して終わり、まさに本件がそうなったわけですが、それってリスク管理体制の構造としておかしくありませんか」

河合「根本的なリスク管理体制の欠陥であり、それを見過ごしたあなた方の責任ではないですか」

勝俣氏や清水氏は「いずれ取りまとめて報告が上がってくると思っていた」などという説明を繰り返すだけだった。

そんなに専門的な話なのか?

丹下裁判官は、別の視点からも清水氏に迫った。たとえ専門知識が無くても、原子力・立地本部のリスク判断について問いただせることはあったのではないかという疑問だ。

丹下「原子力本部が、例えば安全性に関して十分保守的でないのではないかということが、専門的分野でないレベルのところでも分かることはあり得るのではないかと思うのですけれども、そういったことは考えなかったということですか」

丹下「国の専門的機関(地震調査研究推進本部)が出した数字について、間違っているか、正しいかという判断の根拠は原子力本部で検討されてるんだろうということだと思うのですけれども、どのような根拠に基づいて、正しいとか、間違ってるかの判断をしたかは、聞いてみないと、それが専門技術的か、それともそうじゃないのか、または政治的に判断したのか、金銭的に判断したのか分からないのではないかという疑問があるのですが、そういうことも含めても確認しなくていいと判断されたということですか」

勝俣、清水両氏が参加した会議でも、津波についての情報はしばしば報告されていた。「14mを超える高い津波」「それに他社はどう対応しているか」などを耳にする機会はあった。専門知識はなくとも、詳しい説明を求めることぐらいはできたはずなのに、清水氏や勝俣氏が全く何もしていないのはなぜだろうという疑問だ。

清水氏は「一義的には技術的な問題」などと繰り返し述べたが、丹下裁判官の問いに明快な答えは示せなかった。

清水氏、勝俣氏らが、たとえ専門知識は無くともできる、そして最高幹部としてやらなければならなかったチェック機能を果たしていなかった実態が、明らかにされた尋問だった[6]

 

[1] 原子力発電所における自主点検作業記録の不正等の問題についての中間報告 2002年10月1日 原子力安全・保安院
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/286890/www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g21001b041_1j.pdf

[2] 設備関係費は、修繕費、減価償却費、支払利息、配当所要資金の合計。データの出典はこちら
https://www.tepco.co.jp/corporateinfo/illustrated/accounting/cost-supplying-j.html

[3] https://www.tepco.co.jp/corporateinfo/illustrated/nuclear-power/nuclear-capacity-factor-j.html

[4] とうでん 2007年9月
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000016691-00

[5] 東電刑事裁判第23回公判 2018年7月27日 日本原電で津波対策を担当していた安保秀範氏の証言 https://level7online.jp/2018/%E7%AC%AC23%E5%9B%9E%E5%85%AC%E5%88%A4%E5%82%8D%E8%81%B4%E8%A8%98/

[6] 「現場に丸投げしていた」と主張している勝俣氏や清水氏が、津波対策先送りの意思決定に、実際には密接に関わっていた疑いもまだ残っている。2008年7月21日の御前会議で検討されていたのではないか、と刑事裁判で被害者側の代理人弁護士を務めた海渡雄一弁護士らは指摘している。
東電刑事裁判 第36回公判
https://level7online.jp/2019/%e7%ac%ac36%e5%9b%9e%e5%85%ac%e5%88%a4%e5%82%8d%e8%81%b4%e8%a8%98/

 

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添田孝史

1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)他。

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